りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
突然ですが



なに書くのか忘れた




いやあ年はとりたくないものですなあ
えっ
年のせいじゃない?

仕方がないので、見ないまま放置していた「踊る大捜査3」を見る
おもしろいよなあ
おもしろいけど

なんでいつもどっか釈然としないんだろう(笑)

マンガチックなせいもあるかとはおもうけど、同じようなハリウッド映画は気にならないし
やっぱ「日本人」てことで、洋画では気にならないところがみえちゃうから、なんだろうなあ。
でも、おもしろかったですよ。おすすめです。
しかし2時間強はちょっと長いよ(笑)
途中でうんこしちゃったよ。
(基本的に映画を観るときは中座しない)

ああそうか、邦画とポルノの話をしようとおもってたのか

気が乗らないからべつにいいや

AEさんとこが韓流の話題
「どうせプルガサリかD-WARにもってくんだろう?」
といわれているような気がして
(というか、ヨンガリに反応するようなブログはうちくらいのような気もしますが)
ひねくれものの私としては

「グエルム漢江の怪物」を観た

といっておきましょうか
いや、じつはほかにもいろいろとみてはいるのですが(笑)
みつけた化石をほじくるなー
ヤンガリーヤンガリー
私の妻のように恐ろしいー
ヤンガリーヤンガリー

いやあ、これは結構面白いですよ
韓国映画にしては珍しくまじめに怪獣を作っているし

gl02.jpg
ほらね

gl01.jpg
なんかグラボイスみたいですけど

え? うーんなんか外野がうるさいなあ
パクリとかぱくられとかそういうのはいい
ようは面白いか面白くないかだ
で、結構おもしろいのですけど
ただ、細かいところで笑いを取りに行こうとするとこけていたり、そういうのはなんか気にはなりますが

WIKI内の記事

アレよりはグラボイスだとおもうがなぁ(笑)

ただこう、韓国映画の怪獣映画って怖くないんですよね、ぜんぜん。
(最近の話。じゃあヨンガリは怖いのと聞かれると斜め上を見てしまいますが)
D-WARのときもいわれたように、CGIだけが先行して、怪獣のキャラが物語りに棲んでいない感は、ずっとあります。
まあ、CGI全般に言えることなのかもしれませんが、描いてあるだけ、なんですよね。
同じ描くにしても、アニメーションはそれでホラーを作り上げているわけだから、ああしたイメージそのものの扱いが、撮影、演出技術となじんでいないというか、テクニックとしてまだ未熟、あるいは、開発の余地がある、ということなのかもしれません。

ハリウッドでも思いますが
ああ、すごいねえ
という感想は出てきても
全然どきどきしない
ことにアクション、というのは、コマを割るだけではだめな世界なので、それをあえて笑いの方向に持っていったのが劇場版「チャーリーズ・エンジェルズ」
大真面目にやっているのが、近年の007あたりだとおもいますが
香港映画のワイヤーアクションが、ハリウッドに漫画的な画面作りをさせるようになって、これは革命的なんですが
香港との決定的な差は

役者が命をかけていない

という点で
もちろん、なかには危険なスタントを行い、それに対してCGIによるイメージの補正が行われているものも多いのですけど
ああした画面というのは、画面の端から端まで計算されると、作り物感がものすごいんですよ
映画オタがスピルバーグを嫌うのは、あのひとはどこまでいっても漫画的な絵コンテの人なので、どれだけ作品をとっても、コミックのような絵にしかならないからくさすんですよね
そういう意味では確かに、ひどく作り物くさい画面をとる人なんですよ
その点、香港映画というのは本能的にわかっているので
アクションは、ワイヤーや早回しを使おうと、とにかく人間が、体当たりでやる
あのジャッキー映画の、めまぐるしいけど馬鹿馬鹿しい殺陣も、やはりちゃんと実際にやっているわけで、ジャッキー・チェン本人も「自分がやることに意味がある」ことを知っているので、無理をしてアクションを続けていたわけだし、多くのアクションスターもそうだから、年をとると路線変更せざるを得ない
それは逆説的に、画餅ではやっぱり嘘が見えてしまう、ということなのではないか、とおもうのですが

安いんだよね、あのほうが

だから今後、ますますアクションというのはマンガチックになっていくのだとおもいますが。
特に「編集でごまかす」ということは
そこに役者の技量が依存してしまうという意味でもあるので

役者が下手だともうどうしようもなくなる

最近は、アクション映画に出てもばしっ、とはまる女優が増えたのでうれしいのですが
ひところは、役柄に完全に負けている人も多くて
細腕で巨漢ぶっ飛ばすこと自体はOKなんですけど
パンチそのものがものすごいへなちょこだったり
なにより

声と顔が全然だめ

このあたりもずいぶん変わってきました。やはり、女性がアクションの主役をやるようになり、それを見て育った世代が、ようやく世に出てきた、ということなんでしょうけど。
うれしいことです。

グエルムにもどしますが
どうも作品そのものよりも、この監督がなぁ
「私はインテリです。反米です」
みたいなメッセージが、稚拙に盛り込まれているような印象が強くて
あのなあ、映画でアレアニメでアレ小説でアレ、直喩ばかりじゃメッセージってやつは伝わらないのよ
そういうのに感動するのは、物語の表面しか見ない観客だけ
さらにもう一個突っ込んで、何個か暗喩をぶちこんで置かないと
もし、本当にそういうメッセージ性の強い作品を作りたいのなら、そうしなきゃあかんとおもうのですが。
批判しすぎですかね。
でも、私はおもうのです。

たとえば、ロメロの作品に頻繁に出てくる「吊るされた死体」のイメージは、西部開拓史における「法」論理の象徴的な絵であり、同時にハンティングのイメージを想起させる、もっとも有効なイメージですよね
ただ、そこでドヤ顔でそういう台詞を言わせたら、アニメみたいなことになるので
(注意していただきたいのは、だからアニメはだめだ、という話ではなく、自由に「描ける」画面というものは、イメージを正確に、あるいは、作者の意図に沿って伝えることが難しいので、特に若年層をターゲットにしているこのジャンルは、言葉の力を借りるというのはいわば必然で、逆にそれを映画でやったら「やりすぎ」ってだけなんですよ。誤解のないようお願いします。もちろん、そうした言葉の力を借りる必要のない作品もたくさんあります。その点も誤解なきようお願いします)
ようするに「どこまで言葉の力を借りるのか」というのが、映像作品の、ひとつの取り組み方なんですよね。
映画マニアの言う「台詞のないものが優れた映画」という理屈は、映像にすべてメッセージの手がかりが込められ、そのてがかりを示唆し、あるいは導き、もっといえば体現しているのが演技者なのだから、つまらない台詞は必要ない、てことなんですよ。
私もどっちかというと、そういう作品が好みではあるのですが、だからってアニメはみるし、特撮も見るし、なにより

世界規模の大破壊を冒頭の字幕だけで済ませるB級映画ばかり観ているので

「だからこうあれ」
てことではないんですが
しかし、強いメッセージ性を持たせたければ、そこには最初から
「考えてもらう」
という作業が要求されているわけで
であれば、作品そのものを受け取るとき、脊髄反射的なメッセージだけでは、作品そのものについて、考えないと思うんですよね。
私なんかは、吊るされた死体からレオ・フランクを想像しましたし
おそらく、全米で有名なあの死体写真を考えると、そう考えた米国人も少なくないような気はするし
(もっとも、頭にマスクを被せるとゾンビ映画としてはだめなので、マスクがないということは、そんな深い意味はない、と考えたほうが妥当だと思いますが(笑))
そういう見方が正しいか、正しくないかということよりも
社会派
と称すだけの作品は、見ている観客の数だけの解釈がなければ、だめなんですよ。
逆に言うと、作品がこういうメッセージをいっているから、という感想でブログが埋め尽くされたのなら、その作品は社会派作品としては大失敗といってもよいのです。
むしろ、作者の意図していないような、とんでもない解釈が飛び出してきているのなら、それは「作品に対して思考させる」ということに成功しているわけで
俺ってインテリだなぁ
ということでメッセージをこめたいのなら
やはり、方法論的にはそうすべきなのです。

ま、作品の出来とそれとはまったく関係がありませんけどね。

マビノギには「羊の皮をかぶった狼」というモンスターがいまして
これが本当に「羊の皮をかぶった狼」なんですが(笑)

極限下でもいがみあう人間模様
人倫を欠いた決断に、ふっと蘇る人としてのやさしさ
どんなときでも知恵と勇気をもって立ち向かう姿勢
そんなすばらしい演出を施して「くじけないすばらしさ」を描いたとしても










nz02.jpg
nez01.jpg
「キー」

※訳 「こんにちは」




モンスターが犬に雑巾と鼠の頭をのせただけじゃな




やはりモンスターって大事。

まあ、この作品自体は、こうしたヒューマニズムをフォーマットに織り込むことでインスタントに作品を仕上げていった以上の理由はなにもないんですけどね
だいたい、極限下でいがみあうっていうより、状況に対する認識力が足りなくて危機感なさ杉だおまいら、て映画だし
このころの映画って、こんなもんですけど
(ひとくくりにスンナ失礼だろ)
しかし、犬にこういうもんを被せるって発想はなかったわ(笑)
ちゃんと演技もできるし。

なんか私、鼠の映画ばっかみてるな(笑)


ようするにこれを観ていた

だからあるだろう、もっとほかにDVDにすべきえい(ry
このケロッグ親父は、ミニチュアの中にトカゲを押し込んで「怪獣」を捏造した、元祖バート・I・ゴードンのような人なのですが
鼠の走りというより、犬の疾走感が支配する遠景
(ていうか、犬そのものですけど)
とにかく穴の中から顔がのぞくという「鼠」を意識した近景
(というか、プロップが頭部しかないので頭しか見せられないんですけど)
このインスタントさが作品にはたして役に立っているのかどうか
※なってない
えーとですね、この「インスタントに」というところが、今日のうちの隠されたテーマです。
やりぃ、私ってインテリ?
※そんなわきゃない
一番疑問なのは
なんでジョン・ウェインと仕事したことがあるのかだ
ひょっとしてタカ派だったのだろうか
作品にはなんのメッセージもないので全然わかりませんが。
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