りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
お兄様は堕落しました。
お前はR・デコか。




むつかしいボケ方をしてすみませんでした。


なんか頭痛いので

enj01.jpg
すごくやる気がないのですが

enj02.jpg
最近アニメしかみてないので

enj03.jpg
映画でもみようかと

えっ?

軍師袁術…周泰より国滅ぶよ…
黄色ってことは既に仲皇帝なのか。

でまあ、初心に戻ろうと思いまして
さきほど「SFゾーン・トゥルーパーズ」を見ていたら不覚にも寝てしまいましたので
ここはやはり、自らになんかいろいろと課さねばなるまい、と一念発起し

「キラー・エリート」を見てました。

えーと。
ついに狂ったかと突っ込む方もいらっしゃるかもしれませんが、いたって正常でございますよ。
ペキンパー信者にとっては、香港からどっかに渡った人と同じくらい禁句な作品ですが
信者でも笑いをこらえるか怒りを抑えるかの2択しかないという
ってまたIMEが暴走しだしたな、今度はもう再起しても直らん、まあがんばろう
で、そんな作品をわざわざ見るってそんな自虐的なと突っ込み入りそうなかんじではあるんですが
ちょっと思ったことがあったので、自分の目で確かめてみようと。

実はこれを見る前「ケンタッキー・フライド・ムービー」をみていたのですが
あれのほぼ1/3くらいの分量がある、超つまらないカンフー映画が、まんなかへんにありますよね
ありますよね、ていうか、あるんです
一連のブルース・リーもののパロディで、なんだかよくわからない組織と、なんだかよくわからない主人公、なんだかよくわからない悪の首領が、なんだかよくわからないもののためにたたかっているという、リーもののぐだぐだな脚本を馬鹿正直にまねしたものなんですが
いや、リー先生はいいんです。あれはリー先生の足に萌える映画だから。そういやグリーン・ホーネットがどうたらいうてますが、ま、どうでもいいですねそんなことは。

で、この劇中劇、最後は夢オチというひどいオチで、いかにもZAZらしい投げやりさがしびれるのですが
(「やっぱりおうちがいちばん!」というオチはもちろん、「オズの魔法使い」)
リー先生の映画は、リー先生と悪の首領が記憶に残るだけで、あとなんにも残らないというのを見事にぱくった(見事っていっていいのか)そんな作品で
ようするに、好きだからこそああいうぐだぐだなテイストまでまねしてるんだとおもいますが
ひとつにはやはり「あのクンフーたらいう世界がよくわからない」という、思想的なアレとかソレもあるんだとおもうんですよね。
鉄の爪で壁を引っかくと、なぜか壁が流血するくらいの、わけわからなさなんだろうとおもいますが
この点、ジャッキー・チェンが世界的に愛されたのは、比較的無国籍なネタを扱うので(初期の作品でも、復讐劇の体裁を崩しませんし)とりあえずこいつらの立場とか、国籍とかはよくわからんが家族が殺されたんだな、と、わりかし強引に自分に納得させた上で

ストーリーはおいといて

アクションに集中できたからなんでしょう。
リー先生が、神とかカリスマとかにならざるをえなかったのは、本人のカリスマ性もあるっちゃあるとおもうんですが

映画がなんだかよくわかんない

ということも、あったんじゃないでしょうかね。
いやま、ストーリー説明しろっていわれればできますけど、なんでショッカーが世界征服のためあんなまわりくどいことしてんのか説明しろ、いわれてるようなもんなんで、すごくやりたくないですが

話があっちゃこっちゃぃってますが、別によってるわけでなく、いつもよりもさらにひどいのは、IMEの変換がまた激しく壊れて直らないんで、uyg@)4tthsこんなふうになるんで、同じことを何度も何度もかかされるんで

校正とかすんのだるいからなんすよすみませんね

で、そのリー先生の弟子にはいろんなひとがいますが、弟子にして友人のスターリング・シリファント、脚本家です、こないだちろっとネタにしたので記憶に引っかかる方もいらっしゃるかもしれません、「タワーリングインフェルノ」などのパニック映画の脚本書いた人です。
そのシリファントが「やっちまったの」のがこの「キラー・エリート」なんですよ。
師匠にして友人のリー先生があんだけうけているし、あんな簡単なものなら俺にも書ける、とおもいこんだんでしょうかね。ぶっちゃけ脚本なんてものはどうでもいいんすよああいう映画は。たいした才能もないのに、脚本家として成功しちまったあのひととかあのひととかと同じ末路を、彼もたどるわけですが

ポール・バーホーベンに謝れ!

(意味不明)
ま、映像作品てのは、邦画やアニメはまだ、家内手工業的規模でやってることもおおいんで、いい意味で脚本家のカラーが作品牽引するってこともおおいんですが
ある程度の規模の作品は、成功するにせよ、失敗するにせよ、結局はそれぞれの分野の人がどのくらいがんばったか、なんで、だからそれを統括して切るべきは切り、撮りなおすべきは撮りなおす作業を指示する、監督やプロデューサーってのが、ハリウッド映画とかだとクローズアップされちゃうんですが

ってあーいらいらする! こんだけこわれるともうあかんな。長文更新はもうやめやめ再起してもなおらんし。
てことでてきとーにまとめにはいりますが。

ようするに「キラー・エリート」の場合、シリファントには野心とか意欲があったんだろうけれど
まず監督がまるでやる気でない
あまつさえ主役のジェームズ・カーンとロバート・デュヴァルも乗り気には見えない
(演技ではないなげやりな仕草が結構見られる)
マコ岩松ですら、もうどうでもいいやって感じで演技をしている
おそらく彼らの中に共通しているのは

ニンジャとかカンフーという存在のばかばかしさ

マコは勿論日本人だから、現代劇にニンジャがでてくることに失笑を禁じえなかったろうし
ジェームズ・カーンにしてみたことろで、かたわにされてなんでカンフーならわなならんの? という疑問があったろう
デュヴァルにいたっては、なんで自分がこんな馬鹿の親玉なんだろうと首をひねらざるをえなかったろう

ペキンパーはというと、もともとこの人の映画って、脚本がぐだぐだ(おい)なんで、脚本そのものは「まあこんなものだろう」でやってたんじゃなかろうかとおもいますが
なにせペキンパー節と呼ばれるアクションの巨匠ですぜ
これ、間抜けな視点から見ると「アクションの巨匠が、ニンジャとカンフーを現代劇の中で描く、カコイイ」だろう
たぶん、シリファントも、これに金を出したボンクラもそうおもったろう
連中は、リー先生のカリスマってものを計算に入れていない
いや、それ以上にだ
ペキンパーてのは、日本では「最後の西部劇監督」なんて呼ばれていたように、古きアメリカへの愛情と、バイオレンスへのこだわりが特徴。モンティ・パイソンでもパロディにされていたけれど、スローモーションで、冗談みたいな血飛をあげながら繰り広げられるジェノサイドが特徴。「ワイルドバンチ」の大虐殺は、たいてい、高く評価される。なにしろ今の映画にもろに影響与えてるし。
しかし、ペキンパーの土俵というのは、たとえ現代を描いていても「アメリカ」である。
アメリカンバイオレンスの象徴は、1も2もなく銃である。その点、ペキンパーの作品は「ゲッタウエイ」でも、街中でショットガンをぶっ放すという、鮮烈な映像を残しているのだけれども、彼にしてみれば



なんでこいつらは銃に刀で切りかかってくるんだ?



というばかばかしさが、それこそ吐き捨てたくなるような苦々しさで燻っていたんじゃなかろうか。
いまはもう、サブカルの1ジャンルとしてニンジャ、カンフーは定着しているし、その世代が「マトリックス」みたいな素敵ボンクラカンフー映画を作ってくれているから、べつに銃相手にしたって勝てるじゃん、みたいな(レモ・ウィリアムスでもないかぎり無理)刷り込みがなされているんで、監督もばかばかしいとおもっていても妥協せざるをえないだろうけど
この時代はまだ、カンフーよりも銃が強いのだ
シリファントの提示したラストシーンを見て、いちばん首をひねったのは多分、ペキンパー本人だろう

「こいつらなんで刀もって襲い掛かってくるの?」
「ニンジャってそういうものなんだよ」
「銃で撃ち殺せばいいのに、なんで1対1で切りあうわけ?」
「カンフーってそういうものなんだよ」
 ↑たぶんシリファントの理解力の限界がこのへん

ほかの舞台、場面、配役なら、ペキンパーももっとアイデアを出したろうけど
ニンジャなんてきいたこともみたこともない
カンフーなんて銃より弱いだろ?
そういう観念の持ち主には、現在のアクションものにあるようなアイデア要求するのが無理、ってもんだろう。

ke01.jpg
結果こうなった

ペキンパー節で、一方的に撃ち殺されるニンジャ軍団
だってそりゃそうでしょ。ウージーの弾避けられるわけないもん。
スローモーションでこれをやられるから、本気で馬鹿にされているとしか思えない。
ペキンパーがいかにやる気がなかったのか、その証拠として、船と船の間におっこちる、という同じカットを、何度も使いまわしてるあたりに伺える気がする。演出じゃないだろう、これは。ペキンパーの感じているばかばかしさの象徴なんじゃなかろうか。
ま、スローモーションで階段転げ落ちる、それなりにいいシーンも例によってんくもないんですが、なんかこれで顔面の肉削りながら落ちていったらフルチだよなあとか、そういう緊迫感のかけらもないこと考えて見てました。ごめんなさい。
私的にはマコ岩松の若い姿が見られるお宝映画なんですが
結局「撮った監督が根本を理解していないので、アイデアを生かせないとこうなる(名匠でも)」ということなんじゃないでしょうか。
これはたぶん、カンフーとかニンジャ映画の約束事を、ペキンパーに伝え切れなかったシリファントの責任なんじゃないですかねえ。いや、ファンだから弁護するわけじゃないですが。アクション「だけ」でも見られるはずの監督が、それすらもものにできないっていうのはね。
という視点に立ってみていると、あちこちで「これでいいんだろうか」という、ペキンパーのとまどいみたいなもんが、手ごたえとしてあるんですよ。
それを確認したかったので、充実した2時間でした。

しかし、1対1のきりあいで、倒れてる人間の背中から袈裟懸けって、かっこわるいよなぁ(笑)
このカットだけでも、ペキンパーがぜんぜんわかってなかったのがわかる気がします。刀もってるときの見栄の切り方がなってないというか、「ない」んだよね。


「キラー・エリート」売り切れだよどういうわけだ

プレス数がすくな(ry
なので「戦争のはらわた」のほうで。マクシミリアン・シェル好きなんで。
しかし「きらー・えりーと」の、って書き方は、むしろ侮辱じゃないのか。売る気あるのか不安になる人が書いているらしい。普通「ワイルドバンチ」マニア向けに「ガルシアの首」ヌルオタ用に「ゲッタウェイ」
そういや「コンボイ」はあまりきかないね。ガキのころあんなにヒットしたのに。
まあ、わたしなんかだとこの書き方は、変な方向で期待を持って買ってしまうような気がするけど、それ一般向けじゃないと思う。

enj04.jpg
陛下もそう仰せあるぞ。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://roboko.blog41.fc2.com/tb.php/803-027871e9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック