りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
たけやぶやけた
やめるやめるといいながらずるずると続ける


お前は司馬遼太郎の西郷かよ


こんばんわ。VGA焼けました。
ひっくりかえすと∀GAですね。いや微妙にちがうぞ!
いきなり2台分焼けてしまったので、オンボードのドライバー探すのに、えらい手こずりましたよ。
ドット欠けしはじめて、やばいなーとはおもってたんですが、時々落ちるようになり、ついにBIOS警告音
不具合部位特定のため、何度も再起動して回数数えていたら


ついに警告音すら鳴らなくなった(笑)


こりゃVGA確定だわ
てことで、急遽背面をいじる。
なにせ老眼ですからね、見づらい見づらい。
まあブログ更新するのには、なんの障害にもならんのですが。
AoE3やるときの負荷がきになるなー(笑)
んなこといってたらキーボードも壊れた。




ダン・オバノンも亡くなったのでますますやる気がない。



しかしダークスターですか(笑)
さすがセクシービーチの為にPCを組んだ男ですね(関係ない)
某所の掲示板で(つっても、うちからリンクしているところを見れば、掲示板のあるところはたかがしれているわけですが(笑))文脈と関係の無いところで自分の名前が出てきてドキッとする。
あれは心臓に悪いですよ(笑)いい内容だったから良かったですが。
悪口を書かれるとへこみますのでね。へたれですから。




犬鳴はそれなりにうけていただいたようでなによりです(笑)
この方向性のほうがいいんじゃろかいのう。
一応補足して置きますと、大抵の人は気がついておられると思うんですが、ようするに都市伝説のことを話しているわけではありません。
思い込みや先入観を利用して、ある特定の方向へ話題を持っていくような操作の話をしています。
言い訳のうまい人っているよね(笑)
私は全然ダメですが。




私は日本人ですが、日本人の美徳というのはなんだろう、と考えたとき、たとえば川端康成の「美しい日本の私」でもよんどけ、という話になるかと思いますが
あっそういや、桜の木の下に死体が埋まっている、という都市伝説もありますね。犬鳴関連を調べているときに、なんか実しやかに解説している人をが見かけましたが、これは違いますよ。
単に梶井基次郎の剽窃です(笑)
詳しくは「櫻の樹の下には」で検索してみましょう。
梶井は肺結核に侵されており、死と美を直結する文学で有名な人です。志賀直哉の「城の崎にて」に代表される私小説と比べられることが多いですが、とにかく緩慢に迫ってくる死を美化したいという欲求が、行間から溢れるような文体なので


腐女子必携


いや、ほんとにいいですよ。上記と「檸檬」は中学時代からの愛読書です。ませたガキだな(笑)
まそれはともかく。
学生時代は、読みたくもない高尚な文芸作品を無理やり読まされ、わかったような気にさせられたんですが、最近「違うな」とおもっています。
日本人の美質というのは、案外欧米人の方がよくみてるんじゃないですかね。
映画やゲームに登場する、極端にカリカチュアされた「日本人」、大抵おかしいし、頭おかしいのか、といいたいようなものがありますが、そんな「日本人」でも、結構はっとする瞬間があります。

ああ、彼らの好きな日本人は、ここなのか、てな感じに。

同じ東洋人でも、中国人、朝鮮人といった、ヨーロッパの人間にとってもそれなりに馴染みの深い民族に比べ、日本人の描かれ方というのは、かなり独特です。
俗に言うフジヤマゲイシャハラキリ、に代表されるきちがいじみた日本人観は、ぶっ細工な犬猫を愛玩する、あの感覚にも似ているような気がします。愛されてるんですよ、あれは。

たぶん(笑)


「カブーキマーンーサンジョーーーーゥ」
は露骨に馬鹿にされていると思いますが。


NYPD


HEROESでも、実質的主役のひとりヒロ・ナカムラは、欧米人の持つサラリーマンのイメージと同時に、どこか空想好きで夢見がち、そして思い込みが激しく、おとなしい割には異常な行動力を持っています。そして絶対にあきらめない。
子供ですよね。
その子供のような無邪気さと純粋さ、そして朴訥なほどの行動力というのは、欧米人的な合理主義からすると「馬鹿だ」けれども「愛すべき」、そして幼い日の郷愁につながっているのかもしれません。

実際の日本人はこうかというと、まあ、そんなこともないんですが、しかし欧米人から見た場合、多かれ少なかれ、この側面を持っているなぁと受け取られているんじゃないですかね。私はジャパニメーションが受け入れられた素地には、カルト作品を愛するあの感覚と同列のものを感じています。作画レベルや作品レベルがどうこう、という以前の大前提として、荒唐無稽なファンタジー(馬鹿話でもいい)を大真面目に作品にしてしまえる、このポジティブかつエネルギッシュな幼児性を愛しているのかもしれません。
欧米にこういう作品がないのかというと、んなことはないんですが、たとえば「リアリズム」という観点から見ても、欧米人と日本人との基準には、大きなズレがあります。
イデオンあたりは、なんとなくギャラクティカを参考にしているような気がするのですが、ギャラクティカには機械兵士は出てきても、巨大ロボットは出てきません。イデオンの方が深刻な話をしているし、ギャラクティカの方はほとんどソープドラマなんですが、それでも出てきません。

巨大ロボットなんてわらっちゃうからです

日本人は笑わない。
どころか、それをどんどん美化して行く。
論理的に、なんかもっともくさい設定を付け加えて行く。
ガンダムの話じゃないですよ?(笑)一般論です。

そうした設定好きは、日本人一般が持っている、知的好奇心の強さに起因しているんでしょう。
たとえば、日米ともに評判の悪い(私は好き)エメゴジが公開されたとき、日本人の報道関係者がとにかく聞きたがったのは


ゴジラは何メートルなのか


ということ。
監督以下スタッフも当惑するほど、執拗にこだわったらしく、しまいには「ゴジラが何メートルだってそんなこと作品とは関係ないだろう」と、その質問が無意味だというニュアンスを、暗にほのめかしたらしい、なんて逸話も残っていますが

日本人にとっては大切な事なんですよ

たとえば、巨大ロボットが登場する作品があるとする
別にGセイバーでもロボジョックスでもいいですが(笑)
ではその世界観を説明するために、設定世界を説明するために
ロボットの性能を説明する必要はあるのか


欧米人的には否
日本人的には必須


ようするに、もともと「てかいロボット」であるだけで、それ以上は無駄だと切って捨ててしまえるのが欧米人の合理性
とにかく「でかいロボット」が、なんでそこにそういう形で存在しているのか、存在しているなら実際どのくらいでかくて、どのくらいの性能なのかが明示されていないと、納得できないのが日本人の合理性


勿論、例外もありますが。
しかし、日本人全般がもっている、カタログスペック信仰とも言えるこの感覚は、無邪気な知的好奇心とでもいわなければ、説明つかないでしょう。

科学的な合理主義というのが、産業革命を通じて思考体系にまで組み入れられている欧米人にとって、仮説の構築とその検証は当然の行為です。カタログスペックというのは、当然ある程度の実証データを積み重ねているものですが、そこには当然、設計から期待されるスペックというものも加味されています。
当然、カタログスペックに対しては、さらに多くの実証データが要求されます。カタログのみで、その性能を図ることはしないし、どちらを重視するかといわれれば「その性能が出せるはずだ」よりも「これだけの性能が出ている」というほうを重視します。ただ、鹵獲品のエンジンを全開で回し続けて、実証データとは言えないものを鵜呑みにしたり(全力走行し続ける車両、航空機なんてのはナンセンス)、方法が間違っていることも多々ありますが、それが連中の合理主義とも言えます。

日本人の場合、図面を引いて、よくもわるくもその性能が設計と違ったものの場合、実験方法がおかしいのだ、と思い込む傾向が強いように思います。「こういう設計だから、これだけの性能を出せるはずだ。このデータを出せ」と要求されたサラリーマンも、多いのではないでしょうか(笑)
でないものは、でないよねえ(笑)

このあたりの感覚のズレが、欧米人から見た場合、他の東洋人とはなにかしら異質に印象されているのかもしれません。勿論それだけじゃないですが。

REDALERT3にしろ、AoE3にしろ日本人は出てきますが、その日本人観というのはどこかいびつで、変です。
変ですが「どうみえているか」というのは、理解される側の日本人にとっては大事な視点なんじゃないでしょうかね。
先日から放映されている「チャック」にも、しれっとNSAの男の趣味が盆栽いじりだったりしますが、ああいうものに世界や宇宙や哲学を見る日本人、というものに、なんだか理解し難い不思議さを感じているんではないでしょうか。
日本人だと、そのあたりさらっとわかっちゃうんですが(笑)

だからきっと
盆栽屋とでんでん太鼓は宇宙の真理なんですよ


でんでん太鼓で世界が動く!

カラーティ・チョップは正義の鉄拳ですから。
しかしこういう青春ドラマっぽい作りというのは、見ていて気恥ずかしいですが、でもなんだかいいですね。
たまに真面目な話したかとおもえばこれかよ!


いつもネタにしてごめんなさい

ばかにしているようですが
ビル・コンティのやたら景気がいい音楽とあわせても、個人的にはロッキーに引けをとらないんじゃないかと思っています。パット・モリタは普通にいい演技してますし(ちょっとアレな人という設定がすごいリアルに見えてくるのも含めて)、ラルフ・マッチオの及び腰も、なんかこう、特撮ヒーローっぽくていい感じですし。
恥ずかしい鉢巻とかへんな漢字とか、ああいうものを臆面も無く背負って青臭いことを声高に叫ぶ、てのは、日本では絶対できない(島本和彦以外は)とおもうので、ちょっと時間があるとみちゃうんですよね。ロッキーは一度見たらそんなに繰り返しは見ないけど(笑)
ぜひ久米明の声で
「ワックスぬる ワックスふきとる」
を思い浮かべながら見てください。
どうでもいいが修行にかこつけて、タダで仕事させるのはやめような、ミヤギさん。
(でもそういうキャラクターを定着させていったのは、ミヤギさんとジャッキー映画の老師のキャラクターだと思う)
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