りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
オレンヂ
暑いですねえ。


新たに挿し木したパキラが2本逝ってしまいました


orz
意外に園芸関係のサイトなんかではテキトーに流されているので、失敗のないよう書いておきますが
(といっても、あの手のサイトって結局「わかってる人向け」なので、素人にはなんの役にもたたんのだよな)
やはり、ある程度若い枝でないと無理くさいです
水を吸い上げる力に差がありすぎるもよう。
まあ、普通パキラを剪定する場合、伸びすぎたところをカットする=新芽なので問題にはなりませんが。
あと葉の処理ですが、よく葉を半分に切って、とあります
これも枝を水差する場合は、落としてしまったほうがいいようです
もっとも、これは屋内で育てている場合で、もともと屋外においていた場合、葉やけの心配もなく、光合成もあるので、残しておいたほうがいいのかもしれません。
直射の当たらない窓際などでも、葉があってもいいかもしれません。
ただ、熱に異様に弱いようで、たとえば水差した場合、TVの上やパソコンの廃熱がたまるところは避けたほうがよさそうです。ようするに風通しが良く、水が適度な冷たさを保つ環境で、強い日光の差さない場所(室内育成の場合)ということのようです。
前回残った一本は、あんだけしおれていたのに元気に葉を広げ、これは大丈夫の様子。
かなりうっとおしく伸びきったてっぺんをカットし、現在再チャレンジ中です。

つても、うちのサイトきてパキラに興味もつ人なんておらんとおもいますが(笑)

さて例の陵辱関係のお話ですが
以前も書きましたが、ひねくれもののわたくしにはめずらしく、規制には大賛成です
だって考えても御覧なさい
映画やゲーム、漫画を観ることでそれが人格形成や暴力衝動に直結すると、本気で思い込んで怒号する馬鹿が山ほどいるんですよ



そんな馬鹿のためにも是非規制するべきでしょう


私の人格は、もっと個人的な体験を背景に成立しているので、チェーンソウや植木バサミを持ったきちがいが大暴れする映画を観ても、セックスが売り物のソープドラマと同じ感覚で見てしまうので、問題ありませんが。
じゃんじゃん規制しましょう。ゲームとかけちくさいこといわずに。他のメディアも。
そしたらハリウッド映画の99パーセントまでが輸入不可になってしまうので、アメリカが前言撤回して外圧かけてくるかもしれませんが、そんなときは先ほどのきちがいの方々が、きっと我々のために銃を執り戦ってくれるに違いありません
私はダメですよ、ホラー映画が大好きな不道徳な人間で、おまけに血を観ることが怖い腰抜けときたもんだ
国防はその人たちにお任せします
是非、禁止しましょう。

そういえば、ヘイズ・コードと禁酒法があった国ってどこだっけかな。
ソ連か?





30-40代のオッサンというのは、なんでかまんこの毛が大好きですが
私はパイパンのほうが好きですよ、ええ、F&Cのエロゲ世代ですから
(のわりにはちょっと年食いすぎてますが)
それゆえに

(想像)

「この映画さあ、名作とかいわれてんけど古いんだよな。売りがないんだよ」
「え、でもアカデミー賞とかとってんすよ。ださないわけにゃいかないでしょ」
「そうだなあ。なんかこう、パンチの効いた売りがあればなあ。役者もロートルばっかだし」
「そうですね。ナウなヤングにバカウケなかんじのものないですかね」
「誰かしなねえかな」
「いえ、もうみんな死んでます。監督も」
「しかたねえなあ。ここはひとつ、あれか?」
「やっぱあれですか」
「あれしかねえだろ」


ヘア無修正版


そんな感じで発売されるDVDってなんなの(笑)
せめて具が見えるとかなら価値もあるのかもしらんが、ヘアだぜ。
でもみんなかうよなあ(笑)
私はあの、消しのマークがうろうろするところに、輸入映画のユーモアとか情緒を感じて好きなんですがね。なんかこう、必死でいいじゃん、あれ(笑)
でもそんな流れもありながら、ヘアうんぬんいわれない映画もある。


言うまでもなく時計じかけのオレンジだ

なにが『言うまでもなく』なんかはしらんが。カリギュラと比べた場合か?
いやそもそも、私のしらんとこでヘア解禁版とかでてんのかもしらんが(笑)
この映画、主人公アレックスがミルクを飲んでいる、有名な冒頭シーンは、股座を開いた女のオブジェがずらっと並び(宣材ではそのあたりをうまくフレームからはずしているのでぎょっとするひともいるだろう)、序盤からレイプシーンシーンもある。もっとも、舞台の上で剥かれていき、あれーおやめになってー、な雰囲気で、劇中劇っぽく演出されているのでなんとなく格調高く見えるが(格調高いレイプシーンてのもなんだかなではあるが)、他にもどーんとおっぱいほりだした女のポスターが写ったかと思うと、そのまま股座へ降りていくなど


やたらに股座にこだわったシーンが多い



トレイラー。画質のせいでちょっとわかりにくいが、アレックス(中央)を囲むオブジェ、左右を囲むオッサンたちを除いてみんな裸の女だ

ここでインテリを気取り、写実主義の反骨のオッサン、ギュスターヴ・クールベあたりを引き合いに出し、写実主義と表現主義とかに一説ぶってもいいのだが


そんな知識は全然ないから


やたらおっぴろげの絵が多いなぁ、くらいにしかかんじないのだ、私は。
べつにえろくもないしな(笑)

ギュスターヴ・クールベ『世界の起源』(WIKI)

※性的で暴力的な衝動を喚起する可能性があります。芸術だからといって安易にクリックしないようにしてください。これを観て強姦事件をおこしても「りせっとさん、でみたから」とか書かないでください。キミとボクとの約束だ。



主人公アレックスを演じたマルコム・マクダウェルについては、何ページか前に散々書いたので割愛するけれども、マクダウェルという逸材を得たことで、あの完全主義者のキューブリックも好き勝手やれた。ポスターも印象的で、以前ネタにしたフリスコ・キッドのように、再販されるとそのときの事情でパッケージは大幅に変わるのだが、本作に関してはほとんどデザインは変わっていない。いかに優れた造形美が、この作品にあるか、という証明でもある。


こんなものもある

説明は割愛させていただきたい(笑)
つーか、こんなんなら自分でつくれるよな(笑)
しかし説明によると

● 内部特殊機構により劇中で見せた
独特のアクションを再現!



そんなん再現してどうする(笑)
いつもおもうが、こういうものはやはり、ここまでしょーもないことにこだわってこそなのだと、しみじみ思う。

この映画、基本的にきちがい→羊→きちがいと、調教されたり先祖がえりするアレックスの人間性を通じ、人間や社会のはらむさまざまな問題を鋭く描いた傑作なのだけれども



映像だけ見ると女の股座しか印象に残らない



淀川氏ならアレックスのケツかもしれないが
(厳密には股間を強調したコルセット)
まあそんなわけで、巨匠が意図的に品のない映像をばらまき、名演技者による下品な演技が功を奏して、多いに批評家の賛辞を得ることになり、結果としてこの映画を語るとき


ちんこやらまんこについては口にしてはいけないことになっているのだが


しかし現実には、ちんこまんこまみれの映画なのである
(おっぱいも)
しかし「名作」と折り紙が着き
「巨匠」と折り紙のついたキューブリックが監督なので


品がない映画はダメだと思います



自分で「品」の品定めのできない馬鹿が、不快感と戦いながらも苦りきった笑顔で褒めることを半ば義務として強要される、とても辛い名作なのです。
べつにけなしてもいいんじゃよ?

私は「いやなものはいや」という主義なので(それは私の価値観であり、作品の質ではないと毎回断りは入れるが)はっきりいっておくけれども



この映画は大好きだ



冒頭から下品さ全開、もう正直「やられたっ」と叫んでしまい、確かにこの監督が撮ったといわれると、本人が言うようにスパルタカスが大駄作に思えてしまうほどのものなのだけれども
(しっかりいっておくが、スパルタカスも大好きだ)
ここでいう「暴力的」であるとか「反社会的」という線引きはいったいどうしてるのか。
ジョン・ウォーターズもキューブリックも、大差ないと思うのだが。

WIKIにも記述があるが、実はこの映画が現実の事件のネタにされたことがある。
人種隔離をスローガンに掲げた差別主義者ジョージ・ウォーレス銃撃事件だ。
政治家なのだが、そんな差別主義じゃ当選するはずねえとおもわれるかもしれない。しかし現実は違う。彼はその路線でアラバマ州知事となっている。ようするに



票をくれる人が喜ぶことを言っているだけなのだが



(ここは今日一番大事なところなので、二度繰り返してください。「なのだが」ってそこじゃねえ)
彼を銃撃したアーサー・ブレマーは、日記にこの映画の影響を受けたと記している。
注意したいのは、日記に書いている点だ。
話題になって、記者にインタビューを受けだしたとたん、突然「**の影響を受けました」といっている訳ではない。このきちがいは、自分の暴力衝動を、アレックスによって方向付けられたのである。
しかし、この映画はいまだ多くの良識ある映画マニアに愛されている

この事件に影響を受け、ポール・シュレイダーはタクシー・ドライバーを書き、マーチン・スコセッシが監督、大ヒットとなる。当時本物のロリータだった天才子役ジョディ・フォスターの娼婦と、単なるきちがぃを見事に演じきったロバート・デ・ニーロとのコンビは、一躍シネマのダークヒーロー&ヒロインとなる。
しかしジョディ・フォスターにストーカー行為を繰り返していたジョン・ヒンクリーは、彼女と同等の名声を得るためにはこれしかない、というわけのわからない思い込みから、ジョディ宛に犯行予告とも取れる手紙を送り、ロナルド・レーガンに銃をぶっ放すのである。
(じつはこの事件は、ヒンクリー家とブッシュ家による陰謀説もあるのだが、本筋ではないので割愛する)

しかし、ジョディがレズビアンとしてカミングアウトするきっかけになった事件ではあるだろう。

無論、このバイオレンス映画は、今でも民放で放映されている。
なんてったって、本物のロリータであるジョディが娼婦役で出ているから、話題性もばっちりだ。
これみよがしに当時13歳のを強調する意味は、わざわざ説明するべくもないだろう。

さて、エロゲの話だ。
エロゲはいうまでもなく、基本的にオナニーのために存在する。
だから「いっしょにすんな」という意見は正当性を持っているように感じられるが
自称良識派が主張するような暴力の連鎖が、この2本の映画では実際に起きているのである。
(後者は前述したとおり陰謀説もある)
しかし、これをみているであろう何万人もの人間は、少なくとも新聞沙汰になるような事件は起こしていない。
この手の「暴力の連鎖」に共通するのは



犯人は事件起こす前からきちがいとして周囲から見られているという点だ



例外を探すほうがむずかしい。
つまり、自分の価値観があやふやだったり、自分の衝動に方向性がなく
オレはブルマの少女が出ていればそれで抜けるとか
ロボ子だろ、鋼鉄の肌がいいんだよとか
おっぱいおっぱい
といった明確な指向性がなく
漠然と


まんこしてえなぁ


と考えてしまうような
たとえば
欧米で幼児ポルノが騒がれているそうな
内容はよくしらんが、幼児が出ていたらやっぱあかんよな
よし、禁止してしまおう
という主体性も批判精神もなにもない、受容するだけで思考回路を置き忘れてしまった人のような
そういうトンチキさんである
だからもう一度言おう


そういうトンチキのために規制すべきである


だからあわせて、おっぱいもケツも禁止しよう
メスはTVに出さない。性衝動を誘発するから。
男、男、男
そういうTVとか映画にしましょう
きっと泉下で淀川氏も喜んでくれるでしょう
私もウォルター・ヒルやサム・ペキンパーの世が再来して大喜びだ


だから規制には大賛成である


ただ、中途半端はよくない。
性衝動を誘発するものは、全て禁止してください。
それが私の願いです。


タクシードライバー

でもこのDVDのパッケージはちょっとなあ


やっぱこっちだろ

(ビデオ版はこのパッケージ。まあ、トールケースとビデオとでは縦横比率が違うので、一度デザインをいじらないと収まりが悪いという事情もある)
アレックスはあまりにもカリカチュアされすぎていて、たとえばあのキャラクターをそのまま拝借して別の作品に、とは、なかなかいかない。(近いテイストはファントム・オブ・パラダイスのリーチくらいか)
しかしこちらのトラヴィスはどこにでもいるきちがいさんである。デ・ニーロが鏡に向かい「俺にようか?」と呟くシーンは、一体どのくらいの作品でパクられたかしれない。あのシーン、そしてあのキャラクターがどれほど影響力があり、映像史を語る上で欠かせない作品なのかがわかる。
銃のプロップなども、アニメでは模倣されすぎて手垢がついたほどだが、誰もがこのニューシネマ最後の傑作に強く影響を受けたのは事実だ。
勿論、影響を受けた大多数は人畜無害であることは言うまでもない。
先に指摘したように、暴力的性向がこれら作品によって明確に指向性を持つ、ということはありえるだろう。いやむしろ、はっきりと、ある。にもかかわらず、そうした作品を規制することの意味の薄さを思うのは、そうした種類の人間は、別に映像作品に限らず様々な体験から、自分の衝動の方向付けを模索しているのである。古くは、現実の事件にそれが求められた。それが映画になり、アニメになり、ゲームになった、ただそれだけの話である。
逆説として、それらが与えられなかったとしよう。しかし、きちがいは探すのである、主体性がないのだから仕方がない。そうして禁止していけば、仕舞いにはセックスを禁止しなければならなくなる。人類が滅んで万々歳というところだ。アーヴ誕生秘話としても、悪くはない。
ソープドラマを見ている主婦が、みんな不倫好きでおまんこきちがいだといったら怒られるだろう。あたりまえだ。それは視聴者がファンタジーであると最初から納得ずくで観ているのであり、不倫したいわけではないのである。
勿論それらの作品が結果として不倫に結びつくこともありえる。しかし同時にそれは、潜在的にそうした衝動を持っているからこそ触発されたのだともいえる。
ゲームにしろアニメにしろ、それに対して同じ理屈が通らないのは何故か。私はそのはっきりとした理屈がききたい。
メディアを禁止することで、衝動が抑圧、内在化されてしまう。だから抑止力なのだという主張に対し、根拠がないという主張は私も強く同意する。
だがしかし、これらの作品がそうした衝動を積極的後押しするという具体的な根拠もまったくない。私から見ると、白と黒に塗り分けられたドアのうちと外を指差してこれは白だ、いいや黒だと罵り合っているのと同じに見えるのだが。

なお、時計じかけのオレンジは今GYAOでやってるので、DVDなんぞを買う必要はない
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