りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
ロボ子
 粉飾、責任転嫁、異常なまでの金への執着、後嗣問題への口出し。
 趙高にでもなるつもりなんでしょうかあのひとは。
 もしくは王莽か(笑)
 そのうち御幣もって「無敵じゃ~」とか叫び出しそうで怖いです。こんばんわ。
 政治に無知な私のような人間まで、不安にしてどうするよ。

 相変わらず身体がつらいです。セカンドはともかくメインマシンががたがたなのがきになるなぁ。
 いずれにせよコーデックの不具合が激しいので再インストール決定ですが。

 ゆるすまじH264.

 基本的に寒いのは平気な私ですが、それでもここ数日の冷え込みは、何か羽織っていないと肩冷えますね。室内にいるときは長袖のTシャツ一枚でいることがおおいんですが。
 さて、箸休めといいますが前戯といいますか前置きといいますか、前々からアイデアは書き留めていたものを軽くやろうかなとおもいます。
 ネタを思いつくととりあえずメモ帳開いてデスクトップに貼り付けておく癖やめなきゃなあ(笑)
 でも、系統立てて整理しておくと二度と読まないんですよね。中身が想像できないテキストが張ってあると読み返すので、ネタを書く気になるんですよ。
 むつかしいところだ。

 ま、そんなことはどうでもよろしい。
 申し訳ないが、長文なので覚悟してくだされ(笑)
◆リセットさん(仮)の異常な愛情
 または私は如何にして心配するのを止めてロボ子を愛するようになったか


 大好きです。
 もうね。昔から大好き。だからこそ定義してみましょう。
 これは、私の存在を定義すると言っても差し支えないでしょう。

 やすい存在だな。

 これはもう、セリオよりも遙か昔、コン・バトラーVのミーアあたりまで遡ります。
 ミーアとはなんぞや? という方に説明しましょう。ミーア・キャンベルじゃないですよ。
 まずは役者さん。これはおなじコン・Vの北小介役、千々松幸子さんです。ド根性ガエルのピョン吉のほうがわかるでしょうか。このころはダブルキャストが多く、同作品の女帝オレアナとロペットは野沢雅子さん、有名どころではヤマトの徳川機関長と佐渡先生など、ようするに同じ画面には滅多に現れないキャラは一人の役者が演じる、というようなことは割に普通に行われていました。群衆シーンでは、メインキャストがそれぞれ声を張り上げていたりもします。
 コン・Vではロペットの彼女(1回しか登場しませんが)などもあらわれますが、やはりミーア、ミーアを語るべきでしょう。
 ロボ子好きの私が選ぶ、長浜忠夫唯一にして最高の(言い過ぎか(笑))ロボ子萌え作品、それがコンVなのですが、ああ、もしもし、偉大なる長浜監督になんて失礼な、とおもうでしょう。しかしここにおいて私は主張する。

 ほかの作品には燃える(むしろこっちか)ロボ子は記憶に残っていない。

 なので、私の脳内では正しいのである。ということにしておいてください。
 さて。
 ミーアはキャンベル星地球侵略軍司令官、大将軍ガルーダつきの侍女です。
 とはいいながら、作戦立案に参加したり、果てはコン・バトラーに突撃したりと八面六臂の活躍をするので、侍女と言うにはやや難があります。
 ミーアは上半身だけを作られたアンドロイドで、壁からレリーフのように突き出ています。基本的に動くシーンはあまりありません。いいですか。大事なのは下半身が作られていないという事実です。
 ミーアはガルーダにほのかな恋心を抱いているのですが、この形態ゆえに最初からえっちできないのです。アンドロイドだからできないやろう、とかいうのはNGです。「スペースサタン」だってファラ・フォーセットとやろうとしましたから。いやいやそういうことじゃない。ビジュアル的に「去勢されている」以上、形而上的にプラトニックラブを確定されていることを記憶しておいてください。ここ重要です。あとで出てきます。
 ネタをばらしてしまうようで恐縮ですが、ミーアは最後、ガルーダへの愛を貫きコンVと差し違えようとします。詳しくは第25話「大将軍ガルーダの悲劇」を見ていただくとして、ざっとかいつまみますと、ロボットの分際でガルーダに恋をした自分を恥じてもいるミーアですが、それでも愛を貫き、コン・バトラーと差し違えてでもガルーダのために働こうとするわけですよ。

 超電磁スピンを破ってまでも!

 最後、ガルーダの腕の中で死ぬことで、ミーアは幸薄い生涯の中で無上の喜びに包まれて死ぬわけですが、いやそこ、ロボットやから直しゃええやん、とかいわない。この後にさらなる悲劇が待っているのですよ。
 ミーアに真実の愛を見て、その愛に応えてやれなかったガルーダは、ミーアを修理しようと禁断の工房へはいるのですが、そこで目にしたものは

「自分で自分をキャンベル星人だと思いこんでいた、滑稽な機械人形、それがこのガルーダ、大将軍ガルーダか!」

 ガルーダ自身がロボットであったという事実なのですよ。
 ああ。もっとはやくこの事実を知っていれば、ミーアの愛に応えてやれたものを。
 そう、ここでひとつはっきりしていることは、ガルーダは、勿論ミーアも、この時点で既にロボットではないのですよ。(作中ではハーフロイドとよばれています。身体が半分だからか(笑))
 こうして「愛すること」を知ったガルーダと、葵豹馬との対決だからこそ、最後の戦いが悲しいのですが(さらに言えば、二人は一度決闘をしていることが伏線になっているわけですが)つまり、ミーアはガルーダを変えたわけですね。ここも大事です。

 さて、ぱんちらもとい南原ちづるちゃんに比べてケバいミーアですが(笑)、にもかかわらず結構なファンが付いているのは、そのけなげさです。

 ロボ子はけなげである。

 最初から「奉仕」するようにつくられているロボットですから、その行為自体は当然のことに思えます。しかし、そこに彼ら、彼女らの「意志」が介在した瞬間、それは燃え、萌えにつながるわけです。

 さて、ロボ子がけなげであることはわかりました。ではもう一つの特徴は何でしょうか。
 全滅屋さん[2006/2/5]が紹介なさっていますように、自己犠牲と言うことです。
「冷たい方程式」パターンともうしましょうか。この方程式の回答として「自己犠牲」を選択することがもっとも論理的である、というものです。
 ロボ子最大の萌えポイントです。萌えの指標として、ゼノサーガのKOS-MOSを単位とし、"1KOS-MOS"とよびましょう。モモではありません。断じてありません。ヤツは違います。

 しかし、これはロボ子の特権なのでしょうか。

 無論、人間による自己犠牲というのは美しいですから、古くからこのモチーフは繰り返されています。しかし、このパターンを広め、定着させ、自己犠牲を論理的帰着であると結論づけることによって残されるものの感傷を断ち切ったのは、実は地球人ではなかったのです。
 おそらく、はじめてスクリーンで大々的に「宣伝」してくれたのは、バルカン人スポックでしょう。
 シリーズも5作目ともなると、かなり肉付けは変わってきていますが、バルカンという種族は常に論理を重んじ、感情を持たない(表さない)種族とされています。
 スタートレック劇場第2作「カーンの逆襲」が傑作と誉れ高いのは、その結末に待ち受けていた、船を救うためにその身を犠牲にするミスター・スポックの死にありました。
 宇宙探査船エンタープライズ号のエンジンが暴走、その制御を行うためには誰か一人が犠牲にならなければならない。犠牲にならなければ、乗務員全てが死んでしまう。

 多数の要求は少数の要求に優先する

 つまり、一人の死によって多数が救われることは論理的である、そう結論してスポックはエンジンルームに残るのですが、これが論理的結論です、と主張するスポックに対し、友人でもあり上官でもあるカーク船長は、彼の行動をこの上もなく人間的な行動だ、と涙するわけです。
 このシーンがいかに人々の印象に残ったか、それは「弾丸特急ジェットバス」のような、しょーもないコメディにもネタにされていることから明白です。
 ここにあるスポックの自己犠牲が、いったいどこまで「論理」であり、どこからが「人間的ヒロイズム」なのかが最後まで明かされないところに、このシナリオの仕掛けの素晴らしさがあります。
 勿論観客はみな「ヒロイックだ」とおもうわけですが、それではバルカン人というキャラクターの設定が宙に浮いてしまうのです。あくまでも「論理であるかもしれない」という余地を残すことで、観客に想像する楽しみを残し、この後のシリーズに出てくるスポックの「変化」を楽しむことができるのです。
 ここであからさまに感情があるように描いてしまうと、短編ならばともかく、シリーズ作品としては失敗です。
 なぜなら、ロボ子萌は「成長物語」でもあるからです。

 ロボ子は論理的に自己犠牲を行う傾向がある。
 ロボ子は人間と同じように成長する。

 その後スポックは、ワープの複雑な計算を行う際、こんなやりとりをしています。

「では、勘でやることにします」
「君の勘なら頼もしい」

 以前のスポックならば言わない台詞です。ここですくなくとも、論理の結果であったかもしれない自己犠牲の行動が、彼に変化を与えている、その事実に観客は、にやりとするわけです。
 なので、私のように業の深いロボ子萌えの人間は

「私はアンドロイドですが、ここにある熱いものは人間と変わりません」

 などという台詞には決して萌えてはいけないのです。
 ここでの台詞はこうあるべきです。

「私はアンドロイドですから、人間のように感情に左右されることがなく、幸せです」

 それじゃあ、ただのロボットってオチでおわりじゃん、とおもいますか?
 甘い!!!!
「幸せである」というのは感情じゃないですか。さらっとききながしていると、わかりませんがロボ子LOVEセンサー(セリオタイプ)は決して聞き逃しません。この微妙な感情の表出を一つ一つ丹念にすくい上げてこそ、真のロボ子愛者と呼ぶに値するのです。

 ロボ子愛はチラリズムである。

 心の目は必須です。
 ただし、エピソードがこの一話限定であるということなら話は別です。この話だけで成長してしまわないといけないのですから。

 つまりウルトラマンに、もう二度とロボ子萌えはきたいできない

 がーん。



 さて、私はいつも「ロボ子」とかきますが、これには理由があります。
 先に挙げたミスタースポック、彼は確かにロボット的ですが、しかし人間です。とはいえ、明確にロボ子萌の特徴を持っています。しかし「ロボ娘」では彼はこの概念に含まれません。

 これでは、いけない!!

 論理的自己犠牲、この最大の萌を生み出したミスタースポックに、私は敬意を表しているのですよ。え。「子」でもないやんて? ちっちっち。

スタートレック3/ミスター・スポックを探せ」でショタとして復活してますから!!

 そんなわけで、もう一人の「子」をあげておきましょう。
 ナイトインダストリー2000.通称K.I.T.T.です。
 HAL9000なんかは、名前こそ萌え娘っぽいですが、やなやつなので除外しときます。ねむいんだデイヴ。
 いやマジで(笑)

 以前の頁の「ナイトライダー」で触れたのですが、実は本国版と日本版のKITTは、違うのです。
 KITTとは、ご存じない方に説明申し上げると、"ドリームカー"(ここ必須)ナイト2000の車載コンピュータであり、このドライバーであるマイケル・ナイトの相棒です。
 相棒、という言葉通り、本国では、KITTはマイケルのことを「ヘイ! マイコゥ!」と、猿と少年の似合う白い歌手を思いださせる呼びかけをします。日本語版は「マイケル」です。なんとなくヤキソバンの中の人のようですね。
 ここで一つ例文を上げましょう。これを本国版と日本語版に訳してみます。

原文:「KITTさん、お願いします。全速力であの車を追跡してください」
   「わかりました」

本国:「ヘイKITT! あの車のケツに食いついてはなれんなよ!」
   「OKAY、マイコー!」

日本:「頼むぜ相棒! 全速力でぶっとばしてくれ!」
   「お任せくださいマイケル」
   「ヒャッホウ!」←おっと、これは両国版共通

 このニュアンスの差、おわかりいただけますかしら。
 本国アメリカ版では、よくありがちなパートナー、スタスキー&ハッチ、ナッシュ&ブリッジス、サイモン&ガーファンクル、ごめん最後嘘、このような、フランクな間柄です。
 一方、日本では、マイケルの方は滴るような愛情を見せますが、KITTの方は一見冷徹に見えます。しかし、声を聞きますと、まろやかな「はいマイケル」は、ぞくっとするほどの愛にあふれているのです。
 これは日本語版スタッフが作り上げた、そう、禁断の愛なのです。

 KITTはマイケルが大好きなのです!

 いや大マジで。KITTの声の野島さんがいったんだから間違いない(笑)
 キット、という名前の響き、また、本国の声も男性ですから、KITTは普通男だと思われます。しかしながら男だとは決まっていません。ここを念頭に置いてください。
「マイコゥ」というフランクな呼び方は、日本語にするとなんとなくしっくりきません。「アニキ!」もなにかちがいます。"ドリームカー"ナイト2000の品格にふさわしくない感じです。
 それで日本語スタッフと野島さんは「年の離れた兄弟のような感じにしよう」とおもったようです。それで「マイケルに惚れてる感じで行こう」と。するとですよ。本来生物でないKITTに性別はないですから、これは

「お兄ちゃん、大好き」

 ですよ。さあたいへんだ!
 実はお兄ちゃん萌であったナイトライダーですが、肝心のおにいちゃんは、女をとっかえひっかえ。KITTはやきもきしっぱなしです。

「お兄ちゃんのバカ」

 てなもんで、拗ねてみたり、黙ってみたり、いじわるしてみたり。ありとあらゆる手段でマイケルを自分に振り向かせようとしますが

 ヤツは女の尻を追っかけるのにいっぱいいっぱいです

 かくてKITTは、そんなダメなお兄ちゃんの世話を焼き、ときにはたしなめ、それでも「お兄ちゃん大好き」な一途さを兼ね備えているのです。このことから導き出せるのは

 ロボ子は妬きもち焼きである
 ロボ子は感情表現が遠回しだ

 偉大な作品です「ナイトライダー」。既に萌え時代を予言しています!!

 さて、ここまで書き進めて肝心の女の子に触れないのもなんでしょう。
 というか大半の読者は既にあきれて引いていると思われますが、ここから気持ちよくなります
 たぶん。

 とりあえず、ロボ子萌の左翼と右翼であるところの、セリオさんとマルチでも比べてみましょうか。
 結論から言いますと、マルチはロボ子萌ではありません。ロボットなだけです。

 ココ、大事です。

・ロボ子はけなげである。
 共に一応○としておきましょう。
・ロボ子は論理的に自己犠牲を行う傾向がある。
 自己犠牲的ではあるかもしれませんが、マルチに論理はありません。しいていうなら感情プログラムに従っているという捉え方で、○です。
・ロボ子は人間と同じように成長する。
 一応両者とも○としておきたいところですが、マルチに学習能力はあるんでしょうか(笑)
・ロボ子愛はチラリズムである。
 マルチは断じて×です。彼女の感情表現は常に脊髄反射で、その意味では非常にプログラム的です。そこまで深読みするコアな方には○かもしれません。
・ロボ子は妬きもち焼きである
 マルチは×です。全く妬くという感情がないかのようです。セリオはPS版をやってないのでなんともいえません。そもそもやきもちを焼く接点がなさそうですが(笑)
・ロボ子は感情表現が遠回しだ 前出のように、マルチはストレートです。×です。

 こうしてならべてみると、マルチでもそれなりにオッケーのようにみえます。はたしてそうでしょうか。
 マルチのシナリオを見てみましょう。

 限られた命を与えられ、けなげに生き続ける女の子。彼女はロボットとして生まれますが、人間の愛を知るプログラムを与えられており、しかもえっちまでできます。
 二人は再会し、えっちします。



 なかなか泣ける話です。ストーリーに限定するならば、いいお話です。

 しかしロボ子的には否である!!!

 まず注意したい。

・えっちができる

 ロボ子的には、なくても萌えるのであります。あればたしかに具合の良いものではありますが(例:「超昂天使エスカレイヤー」マドカ)。
 例外もありますので、ここはとりあえずスルーしておきましょう。

・はたしてロボットでないといけないのか?

 このシナリオ、マルチを「病弱な女の子」に置き換えてみましょう。

 限られた命を与えられ、けなげに生き続ける女の子。彼女は不治の病を持って生まれますが、人間の愛を知ることはできますし、もちろんえっちもできます。
 奇跡的に治癒した彼女と再会し、えっちします。



 これは「同級生2」の桜子じゃあーりませんか。
 とはいえマルチのシナリオが「パクリだ!」ということではありません。これは古典的な「病弱な女の子が奇跡的に回復する物語」のバリエーションであり、だからこそ万人の心を打つのです。しかしながら、心を打たれたからといって自分がロボ子萌だとおもうのは早計に過ぎます。
 結論できるのは

・マルチのシナリオは良いが、はたしてロボットである必然性はどこまであったのか?

 ここで重要なのは、マルチの設定は、シナリオのために用意されている、ということです。逆ではありません。つまり、前出のフローチャートに乗せるべく用意されたキャラクターである、ということです。マルチに恋をしてしまったアナタ、大丈夫です、あなたはまともです。
 私のような変態とは違います。

 さて、セリオさんをみてみましょう。
 いわゆるPC版のセリオさんには、シナリオがありません。マルチの姉妹機として登場するだけです。さらにいうならCGも寺女の制服を着た立ち絵しかありません。
 それでは、なぜかなりの数の人(変態)が萌えてしまったのでしょうか。
 答えは一つ。

 セリオは 涙を流さない
 ロボットだから マシンだから


 ここに尽きます。
 中にはそんなセリオさんにいやらしい妄想をした人もいるでしょう。男として大変同感ですが、そこではないのです。そこも大事だとは思いますが
 この感情のないセリオさんに、心を持たせてみたい。なろうことなら、その心を開いてみたい。

 決してつっけんどんなセリオさんに踏まれて喜びたいとかいう、不純な動機ではないことを注意してください。

 プラトニックラブなのです。つまり、氷のような心に触れてみたいのです。
 これはツンデレ萌えに似ていますが、セリオさんには「デレ」はありません。ココが大切です。
 なお、PS版セリオさんは一応別物、いうなればセリオ萌えの人たちが作り上げた妄想という位置づけで書き進めております、ご了承ください。

 つまり、真のロボ子萌えの人にとって、セリオさんの具合がどうであるとかセリオさんが巨乳であるかどうかなどは問題にならないのです。わたしは巨乳だとおもいますが。

 ここまででおわかりいただけたと思いますが、ロボ子萌とは本来プラトニックなものです。確かにエスカレイヤーをプレイしたとき、ヒロインでなくマドカを食ってしまった私ですが、それでも本来はそういうことなのです。

 もう一人、上げましょう。
 スタートレックの続編に当たる新・スタートレックでは、まさにスポックの未来形、ヒューマンアンドロイド、デイタ少佐(一般表記に習い、以後はデータ、と呼びます)が登場します。
 彼には感情がなく、人間のような感情を得たいと思っています。時にはアンドロイドそのものの無慈悲さを発揮したり、無神経さも見せます。幾分狂言回し的なキャラでもありますが、データのパーソナリティは作中、パイロット版で彼を評した言葉「ピノキオ」に集約されます。
 ピノキオとはいうまでもなく、いろいろな冒険をして人間になった人形の物語です。データらの目指す理想とはこのピノキオであり、ロボ子萌えの人の願いも「ピノキオに近づけて上げたい」という願いなのです。
 スタートレック4作目、ヴォイジャーでは、ついに究極の萌えキャラ、ユニマトリクス01の第3付属物セブンオブナイン(フルネーム)が登場します。
 彼女、セブンは、集合意識を至上とし、他者への憐憫も持たない、つまり感情のない種族、ボーグの一員です。その彼女が集合意識から切り離され、個人として生きていくときに、混乱しながらも手探りで人間性を獲得していく、これが彼女のドラマなのですが

 究極の萌えキャラなのですよ

 完璧な論理性、人間を超越した能力を持ちながら、意外にもどじっ子、ツンデレラ、よっぱらい、超巨乳と、あらゆる萌え要素を……なんか最後に言ったな、まぁ流そう、突っ込んだ、最強のロボ子萌えキャラなのです。
 彼女の決めぜりふは

「心配するな。ボーグに感情はない」

 あるんですよ、あるんですよ!
 この、強硬に「感情はない」と言い張る、この姿勢もロボ子萌えには大事です。そして彼らがそう主張しても、じつは拗ねていることを感じ取って上げる優しさがなくてはいけません。
 それが、ロボ子愛です。
 そうですね。ついでにロボ子萌えポインツを一つあげておきましょう。

 価値観のずれ

 ここですね。
 ロボットだからわからない。この「脚本家のいいわけ」に胸躍れば、あなたも後戻りはできません。

 では、ロボ子萌の最強シナリオパターンとは何でしょうか。
 これはいうまでもなく、先のウルトラマンでも描かれた「自己犠牲」です。
 日本が生んだ最高の萌えロボの一人、KOS-MOSをみてみましょう。
 彼女はとてもえっちな身体はしていますが、一応マシンです。戦闘用ですが、そのため任務遂行に必要となることであれば、人間を殺すことなど屁とも思っていません。「ターミネーター2」を想像していただけるとおわかりでしょう。あれです。
 あなたが真性であれば、カレーの後かたづけしているKOS-MOSに「手伝おうか?」と声をかけたときに

「これ以上戦力投入の必要を感じません」

 こう答えられてふるえがくるはずです。
 ふるえた人。社会復帰しましょう

「ゼノサーガ」エピソードIのラスト、KOS-MOSはお約束通り、主人公たちの乗る船を救うために大気圏へ突入します。船内で悲鳴が上がるのをよそに、彼女はそんな感傷を無視して宇宙に飛び出すのですが、ここで大事なのは、ロボットだから人間の些末な感情は無視してしまうという点です。同じ事を人間がやると、涙腺だだ漏れの愁嘆場になるのですが、幸い感情がありません。あるのかもしれませんが、人間とは違い「感情がない」という建前があるおかげで、彼女の心の中の葛藤は少ないはずです。
 そう思えるようになったら、かなり危険です
 そしてついに通信不能帯域に突入ですが、ここで一言。

「お役に立てれば幸いです」

 後に残る人間への配慮だと思いこめれば、もうあなたもダメ人間です。さぁ中古ゲーム屋にGOだ。
 脳内ではKOS-MOSたん、KOS-MOSちゃん、好きなように呼んで上げましょう。
 邪神モッコスと呼んではいけません。あれは違うものです

 結局、無機質な仮面の裏側に潜むであろう感情の襞を読む、そのことがロボ子萌えなのだと言い尽くせます。たとえば人間ときわめてよく似た行動様式を持っていたとしても、極限下では「人間であることを捨てられる」ものに対するいたわりの愛情といってさしつかえありません。ついでにほかの襞を賞味してしまうこともありますが、それはあくまで副産物です。

 KITTの正当なる後継者、オービタルフレーム"ジェフティ"の戦闘用AIエイダに萌えられるようになれば、もう私と同類です。涅槃で待っています

 今回のネタはなげえなぁ(笑)
 まぁ、マルチとかのファンの方は笑って許していただければ幸いです。マルチはマルチでいいのですよ。私の心の琴線には触れないだけで。
 そんなわけで「ロボットである女の子」に萌えているのと「ロボットであることを背負っている女の子」に萌えることとは、根本的に違うのだと言うことをご理解いただければ幸いです。
 決定的に違いますから!

 んなわけで、おすすめ映画といっても「ターミネーター2」とか月並みな名前しかでてこんのですが、ここで「メトロポリス」とか今更いってもしゃーないしなー。これでもあげとこうかな。「イヴ

 上げたからと言って私は萌えませんが。

 間違っても「ロボフォース~鉄甲無敵マリア~」とか勧めちゃダメだよな。
 実は「人造人間キカイダー」に燃えた世代は、みなロボ子萌のDNAをもっています。
 ですよね、40-30代の方(笑)
コメント
この記事へのコメント
こんばんは
BLOOG-RANKINGってゆうサイト見てたら記事が出ていたので、見にきました。私もブログやってみようカナ~(≧∀≦)ノ☆
2006/02/11(土) 06:22:50 | URL | Bee #-[ 編集]
こんばんは
AE攻撃側全滅ってゆうサイト見てたら記事が出ていたので、見にきました。私もブログやってみようカナ~(≧∀≦)ノ☆
2006/02/12(日) 01:35:00 | URL | 全滅屋団衛門 #-[ 編集]
かんばれロボコ
根谷美智子さんの声でしゃべるセリオさんは、やはりいいですな。白衣の天使希望。
でも萌える白衣の天使といえばレインボー戦隊のリリーでありましょう。いっかい壊れて大変なことになったときに、世の中の人全てが心配したという、これが萌えでなくてなんとしょう。
2006/02/12(日) 01:58:29 | URL | 鈍井亀(之須) #pwBXzVtk[ 編集]
 こんばんわ。
 まめだなぁ(笑)
 でもリンク張っていなかったり、奥ゆかしいところが私的にはツボに入りました。そういやPINGおくってるんだっけデフォルトで、とか真剣に見に行ってしまった(^-^;;
 私もブログやってみようかなー(≧▽≦)ノ彡☆←やってるやん

 つかおもわず腰からへなへなと力がぬけたんですが(笑)
 実際ブログは更新楽ですね。メモにかいて張ればいいし、勝手にログ生成してくれるし。個性はなくなりますが(笑)
 あっちなみにネタですからね、ほんとですからね。

 D目当てで「DUAL! ぱられルンルン物語」とかみてませんからね。
 そこんとこよろしく(≧▽≦)ノ彡☆

 そう、根谷さんの「焼きましょうか」は絶品ですよ。つかそんなとこしかみてないのかよ。知人のロボ友達もセリオは白衣派ですねえ。なんかそういうイメージあるんやろうか。
 ってそうだよ、リリーもわすれてたしロビンちゃんもわすれてたよ。
 というかですね。書き終えて手直ししてるとどんどんでてくるんですよ。いやこまりましたね。
 石森作品はロボ萌えの人にはたまらんもんありますからねえ。フランソワーズもいるし。
 アリスの「ONLY YOU」のミュシャとか。

 いかん。続編がかけそうだ
2006/02/12(日) 04:26:09 | URL | りせっとさん(仮) #-[ 編集]
ろぼこ昆虫萌え
いま、あらぬ事が妄想拡大し、
萌え萌え軍団として設定始めました。ロボコを見て昆虫本を見てて蟻蜂が、大多数雌軍団でオレンジっぽい黄色黒縞々だからいけません、結構、あれらが魅力的に見えてきてしまいました。少し頭冷やします。そう、強い敵側軍団が蟻蜂ロボットと想ったのでありましたよ。
2006/02/12(日) 21:36:35 | URL | 鈍井亀(之須) #pwBXzVtk[ 編集]
 ミクロイドS!!!!
 相変わらず若年層にわからんネタ飛ばすなぁ私も(笑)

 新スタートレックに出てくるボーグってのは、まさにそういう集団なんですよねー。作中でもハイブリッドゾンビとかいわれてますが、もともとはもろに昆虫軍団を作りたかったみたいです。
 結局このアイデアが、スタートレックオタの今川監督の脳内に入って、デビルガンダムのモトネタになったと思えば、私的にはよかったなぁとかおもっています。

 昆虫だったらセブンは生まれてきてなさそうだし。
 アイデア単体は目新しくなくても、ひねり方一つでかわるもんだなぁと、いつも同じシナリオを繰り返しているスタートレックみてるとしみじみおもいます。
 結局ドラマの脚本家って言うのは、どれだけの量作品みてるかってことと、どれだけ応用力があるかってことなんですかねえ。
2006/02/12(日) 22:32:30 | URL | りせっとさん(仮) #-[ 編集]
でざいなーさん
脚本の人って、やっぱりそれでも尊敬に値しますなあ。ま、それはそれで、デザインですと、真っ黒に塗ったとき、どれほど才が出る物なのかなあ、と思い、試しに塗ってみる。むずかしくなってきてるんですよねえ、キャラクター。確かに、どれほど多くの先人の作品を把握、というのはみんな同じなのかなあと僕も思います。確かに年長さんで、やはりうまいな、という方、けっこうおられるので流石ね、とか改めて感じ入って。
2006/02/12(日) 23:37:53 | URL | 鈍井亀(之須) #pwBXzVtk[ 編集]
 CGでは気にしませんが、その昔透明水彩で絵を描いていたとき、赤と青はむずかしかったんですよねぇ。あれムラになって。
 やっぱり「おもしろい、うける」と感じたらそれを貧欲に、臆面もなく取り入れるってのは大事やとおもいます。ばるるん♪

 ああみときゃよかったよちくしょう。
2006/02/13(月) 22:03:51 | URL | りせっとさん(仮) #-[ 編集]
自嘲気味に思うことですが
やはり、ある程度時間が経って、うーん子供向け、とか感じてる時分にはわからなかった部分が、此が実は大きく深い物だと感じたときにぱあっと、こうぱあっと世の中が開けることってあります。ビデオとっとかなかったんだよなあ。クソ。
朝、早すぎるんだよなあ、土日の朝って。
2006/02/15(水) 16:05:11 | URL | 鈍井亀(之須) #pwBXzVtk[ 編集]
第3ボタン・・・
かわいそうヨリもったいないトおもった時からってますv-40
2006/02/19(日) 11:23:05 | URL | ゴッチン #/5OWm7xI[ 編集]
 基本的に、昔は「なんだこんなもん。みなくていいや」とはなから価値を決めてしまうところがあったのですが、最近は一度そう思ってももう一度見直すようにしてます。そのほうがおもしろいから。
 その代わり、一度おもしろいと感じたらたとえ周囲がなんと言おうとも大好きだという姿勢を貫くようにしています。
 もともと愛情薄い方なので。

 ラリー・コーエン様が好きで悪いか。

 もったいない、ってロボ子ですか?


 それははげしく正しいです


 私はCPUとデータさえあれば愛せますが。
2006/02/22(水) 01:26:50 | URL | りせっとさん(仮) #-[ 編集]
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