りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
きずな
違うと思うなあ。
引退後のリクルートだろ、これ。.

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てなことで。
まあそんなことはおいといて、今日はしょっぱなから映画をみとったのですが、せっかくなのでその中の一本「ブラザーフッド」のことなぞ。
とある有名批評家が「役者はいい」という但し書きで評価していたこの作品、私もそう思う。同じ朝鮮人でも、日韓の芸人の差は歴然としている。向こうは売れるために命がけだが、こちらはウリで露出してるだけだから、努力する必要がない。内容も同程度で、向こうのほうがカネかけてる分、役者にまで差があったら結果は歴然としている。
津川雅彦にも「韓国映画のほうが上」と言われてしまうのは仕方がない。金もかけず、役者もダメで、脚本が韓国史レベルのラノベ以下なんだから、そりゃいわれるわ。
私がこういうこというと、不自然ですかね?(笑)

要するにこの映画、戦争映画のパッチワークである。
「このシーンどっかでみたなあ」
というノスタルジーを楽しみつつ、滑り続ける脚本を、役者の演技でなんとか最後まで完走している。最後かなり辛かったが。
「駆け足で見る僕の考えた韓国史(リベラル用)」という感じのシナリオなので、左翼はとても喜びそうだ。あおい輝彦がロシア兵を食ってしまうような、陳腐な表現にまではなってないところが、役者の努力というところだろうか。
フィクションとしては十分楽しめるし、「そんなバカな」と突っ込みたくなる展開も、あれだ、サム・ペキンパーへのリスペクトとかいっておけば良さそうだし(適当)。
「本当の戦場を見せてやる!」とかいって、弟がライフル片手に突撃したら、画面の前で手を叩いていたかもしれない。
実際、戦争娯楽作品としては及第点だ。似たような題材の邦画を10本見るくらいなら、これ1本見た方がマシである。
ただし、日本語吹き替えで。
朝鮮語はのべつ怒鳴りっぱなしなので、抑揚がない。ノンストップで全員が脳の血管ぶちきれているので、みていてとてもつらい。

肝心のレッドパージのシーンはあまりに唐突過ぎて吹き出してしまったが、この兄弟のまわりには、特殊なフィールドでも有るらしい。撮影中何人が怪我したか、かけが成立するようないい絵の中兄弟のまわりだけは砲弾すら避けていく。ただ、漫画チックなこの展開は、まるっとフィクションなら、ジャンプ漫画で巻頭飾れる水準かもしれない。ようは、バトル映画だ。ファンタジー要素だけで成立したるろうに剣心。ただし、登場人物は全部架空。

社会派っぽい批判も大げさなくらいタップリと、しかし米軍の活躍は控えめ、細かいところで日本映画の影響というか、そのまんまなシーンもありつつ、朝鮮の文化土壌のせいでなんかおかしなことになっていたりと、かなり楽しめる。
前半は戦闘シーンはないので、福岡発なんとかドラマの「めんたいピリリ」かなんかを観るようなつもりで見たらいいかもしれない。実際アレも韓国でロケだ。町並みが似てるから、同じとこだろう。

私は基本的に、現在と過去をザッビングする演出の戦争映画って大嫌いなのだけど(若い役者の残念さが際立つから)、その点でははっきりいって「永遠の0」よりもはるかにマシかもしれない。「ローレライ」よりは確実に上だ。
演技できない若造がちゃらちゃらでてくるよりは、年輪だけは重ねているじじいの泣きのほうが、なんぼか観客の心を鷲掴みにする。もっとも、子供の頃から反戦反戦で「ここで泣くんだよ?」と仕込まれている日本人に比べ、朝鮮戦争がいつの間にか抗日戦争へすり替わっていたり、怒号と謝罪と賠償要求しかない「戦争という概念」で育った韓国人にとってはどうだろうか。おそらくは、政府へ怒り、レッドパージに怒り、日帝に怒り、北朝鮮に怒り(いや、ここの表現は「北韓国」か。なんでなりすまそうとしてもこういう単語を使うのかねあいつらは)、そして徴兵制に怒り、あまり戦わない米兵に怒り、そしておそらくは、「反戦、そして平和への前向きな行動」を意図している監督の意向を踏みにじって「日帝を殺すニダ!」と拳を突き上げているのではないか。
案の定、この映画でも「日本海→東海」騒動が起きている。愛国心を示してみせるための、踏み絵だ。監督は私と同じように、苦々しい思いで同胞を眺めていたに違いないと想像する。靖国を踏み絵にする自称保守を見ている私のように。
どちらも、質的には全く同じなのである。当人たちは「違う」と思っている滑稽さが、この映画の背景にも見え隠れする。

この映画、あえて深読みしてみよう。
後年、オダジョーを主役に持ってきて、監督すら差し置いたVIP待遇の「マイウェイ」をとっているが、ここに描かれたのは、朝鮮通史である「虐げられる朝鮮と、暴君の日本」という関係であり、同時に「優しい日本」という姿である。
「マイウェイ」は実話を元にしていると言いながら、突っ込みどころの有る、ありすぎる設定で保守系ブログのみならず、映画関係者からもぼろくそだったが、監督にとってはそんなこと、どうでもよかったのだろう。なにせ、朝鮮史そのものが嘘に塗り固められているのだから、そんなものを下敷きにしたってしようがない。
日韓の新しい関係性、そういったものを見せられればそれでいい、そう考えているのだろう。そのために日本人にも韓国人にも受けの良いオダギリを持ってきたのだろうが、肝心のオダギリがそれをぶち壊した。あれではさすが河本準一の幼なじみ、北朝鮮系在日なんじゃねと言われても仕方のない振る舞いである。日韓の絆なんて、北系からすれば腹立たしくてしょうがない題材だしね。

以降はネタバレになるが、「ブラザーフッド」は、貧乏な境遇から這い上がり、ただ弟を守るために血みどろになった兄の物語であり、そんな兄の気持ちに戸惑いながらも、反発と愛情を感じてきた弟の物語である。
保守系の人にはおなじみだが、「朝鮮は兄、日本は弟」というフレーズを耳にしたことが有るだろう。朝鮮儒教倫理として兄は絶対であり、弟は常に従なのだが、映画の中の関係性は、監督のテーマと合わせて考えると「兄が日本、弟が朝鮮」というところに気がつく。

ともに後進国からスタートし、長足の進歩を遂げた日本、兄に比べてひ弱であり、能力も大きく劣っている朝鮮。兄は世界の中で確固たる地位を築き、弟はその庇護のもと、ぬくぬくとしながらも、自らのアイデンティティと、次第に行き過ぎていく日本についていけないものを感じていく。
やがて日本と朝鮮は、レッドパージの波の中、互いに血みどろになりながらも前に進もうとするが、弟は兄を罵り、兄はただ功名はやるバケモノとかしていた。しかし、肉親の理不尽な死によって、互いに自暴自棄になり、兄は「弟が死んだ」と思い込んで北の英雄となり、弟はそんな兄の存在を知り、なんとか兄の心を取り戻そうと、命がけで戦場に飛び込む。

そのまま日韓関係、日朝関係という訳にはいかないが、随所に互いの国が置かれた状況がちりばめられており、その中で「朝鮮人として感じた日本」であったり、「朝鮮人から見た日本人の朝鮮観」であったりといったものを、ひどく冷めた目線で反映させている。「ウリを侵略しておいてひどいニダ」という視点はそこにはないし、逆に「日本は常に朝鮮の良き守護者であった」というような、朝鮮における左翼的考え方もない。あるのは互いへの愛情と、信頼と、そして誤解と思い込みが生み出す悲劇の数々である。
戦場の鬼と化した兄と再会した弟は、自分を殺そうとする兄を命がけで説得し、兄はやっと心を取り戻す。そして弟を守るため、命がけで戦って死ぬ。兄の神通力はそこで終わり、弟は20年もたってやっと、その兄と再会することになる。
慟哭する弟の姿は、兄が何を守ろうとしていたのかを悟った涙であり、同時に監督自身のそれかもしれない。

もっとも、ここまで書いてひっくり返すのもなんだが、監督自身そんなめんどくさいことは考えていないのかもしれない。
ただ、この監督は一貫して「日韓への配慮」というものを目指しており、韓国で売れるなら韓国だけへの配慮を、世界市場を考えるのなら日本外しをすればよいのだが、韓流ブームという国策があったとはいえ、ここまで日本に配慮し続けている監督、いや朝鮮人というものを、私はあまり知らない。少なくとも少女なんちゃらいう反日アイドルのような、二枚舌は全く感じない。毎日のように飛び出す日本海東海論争を、韓国人である彼が知らないわけがないのだから。

穿った見方をすれば、日本は韓国への過保護をやめ、自立を促すべきだとしているようにも感じられるし、同時に韓国人に対しては、「日本人が朝鮮人に何をしてきたのか、一度冷静になって見てみろ」と突きつけているようにも見える。とはいえ、それはひとつの歴史の解釈でしかないし、もっといえば私が勝手に「思った」だけの話なのだけれども、こうして書いてみても、おそらくは「おまえは売国奴だ!」「靖国に参拝にいけ!」と、私も言われることになるだろう(笑)なお、私の幼少の頃は近所の護国神社が遊び場でしたよ。若宮八幡も実家の近所で、夏休みは遊びに行ってたから、国粋主義の極右ってことになるのかね?(笑)

私は「韓国の世論に配慮して、思いやりを持つべき」なんぞとは微塵も思わない。あるがままの現実を直視し、目をそらすことのできない歴史を突きつけ、ありのままの韓国の「悪事」を、日本人は共有すべきだと考えているし、メディアはそれを積極的に報道すべきだと考えている。
同時に、「韓国人」と「在日朝鮮人」の違い、そして「韓国人の主張」「在日朝鮮人の主張」、勿論「日本人の主張」もだが、それぞれがどの程度突っ込みどころが有るかを、知るべきように思う。日本人の主張にも、よくある都市伝説のオチ「生きて帰ったものはない」「だったら誰がその話を持ち帰ったんだ?」というものが非常に多い。それを承知で私もよく引用してるが、「100%正しいから引用してる」というわけではなく、突っ込みどころよりも観るべきところのほうが多いし、なにより、対立する意見のほころびのほうがあまりにも異常だ」という気分での、判官びいきでしかない。「自分でバイアスかかってんのわかってんなら別にいいや」ということで、鵜呑みにした人間が馬鹿晒すことまでは、正直配慮してない。
思想感情というものはそういうことであり、歴史批判てのは、そういう「自分にとって都合の良い資料のなげつけっこ」としか、私はみてない。
ま、中国朝鮮はそれを「新作」で出してくるので、(日本の左翼もだが、いやあれはリメイク、か(笑))過剰なくらいぶっ叩いてもかまわない、とは考えてるけども。

で、最後にひとつ。
この映画、原題は「太極旗翻して」という、国粋主義丸出しなのだが、世界公開に先立って「ブラザーフッド」と改題された。
韓国では賛否あったようだが、このあたりに監督の思想が色濃く滲んでいるのではないか。





てなことをかいたら、キーボード抱いたまま熟睡していた。
起きて飯食って最低限の手直しして、そのまま投稿する。
なお、同時に見た映画「ロンドンゾンビ紀行」「ゾンビーノ」「日本テレビ年末時代劇白虎隊」の中では、最低の評価であることを個人的には記しておく。
ただ、日韓関係ということを考え、映画の出来ということを無視すれば、共感するところの多い映画だったということも、かいておく。
これ、ゾンビ映画にすればよかったのに(笑)
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