りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
かなり
韓国関連のニュースでイラッときたので、更新やめとこうかともおもいましたが
ストレス溜め込むのもなんなので、軽くやっておくことにしました。
正直、目の前で子供の頃から暴力沙汰、不正、犯罪を見ていてなお「でも差別はしない」という考え方で朝鮮人と付き合っていた自分が、ばかばかしくなりましたよ。近い距離に居た韓国人が、例外的にまともな人が多かっただけなのかもしれない。

ほんと、なにもしないで金もらうことしか考えてないよこの民族は

そういいきってしまっても、いささかも良心が痛まない。
今日はそんな日。


マスコミのカラーも真っ二つにわれ……でもないか。朝日はどちらに擦り寄ろうか、様子見てる感じはある(笑)
TBSどうした。TBSがまともなことを言うなんて、なんかおきるんじゃないのか?
まあ、各社でもカラーは一色ではないし、プロデューサーによっていろいろあるとはおもいますが、それにしてもなあ。ひるおびがまともな論調らしいじゃん、司会者みてるだけでいらっとくるのに、あれ(笑)

というわけで、旬の話題で河本の話題。

そもそも、片山さつきを叩いている人間は、話題の発端について重要な錯誤がある。

個人情報をさらしたのは週刊誌
片山は、その情報の裏づけをとりにいっただけ
そしたら吉本他が盛大に自爆した

これがおおまかなことの経緯。
片山は、生活保護に関しての問題を以前から口にしているため、半ば公人である芸能人が、そうした不正受給にかかわっているのは好ましくないとの判断から、問い合わせを行った「だけ」
それも自身のブログで発信した「だけ」
その情報を拡散したのは、ブログの情報を重視した「有権者」
その有権者の声にびびった関係者が暴走し、主張が二転三転し、あげく謝罪会見という、わけのわからないイベントを仕立てたというのが、会見までの流れ。

結果として、現在親族が次々と墓穴を掘っているわけですが、そこはおいとくとして
「片山が悪い」集団の一人が、うまい具合にまとめてくれましたので、軽く突っ込んでみようと思います。

1.「援助可能な収入のある親族」が存在するものの、実際には援助を受けられない立場の人たちが、ただ単に「援助可能な人がいる」というだけで生活保護を受けられなくなること。

そのことは既に、受給審査の項目に盛り込まれていて、たとえば親族であっても、絶縁状態である場合には、保護は受けられる。そのためにケースワーカーが居る。この人は、基本的な「受給までの流れ」について、まったく無知なように見える。

2.不正受給は改善すべきであるが、単純に「不正受給をなくすためには受給条件を厳しくすればよい」という流れになって結局、必要な人に必要な生活保護が認定されないこと。

逆。不正受給があまりにも多いため、本来保護を受けるべき人へ回っていかない実態を問題視し、受給条件を厳しくするのではなく、不正受給をなくしていくための法整備、たとえば、発覚した際の厳罰化などを含む「不正をなくす努力をすべき」という話であって、基準を引き上げるという話ではない。
「不正に受給している人を駆逐し、本来必要とする人たちへいきわたるようにするにはどうするか」というのが核心で、よしんば基準が変わったとしても、現在、不正なく受給できている人への保護を打ち切ることを目指しているわけではない。

3.不正受給の追及にのみ専念し、生活保護を必要とする人が増えている現状を何も変えようとしないこと。

問題を摩り替えている。
「殺人犯人を追いかけることに汲々とし、殺人が多い現状を何も変えようとしない」といっているようなもの。
殺人を如何に減らすかということと、どうやって殺人犯を捕らえるのかということは、まったく別の問題。
大きな問題にすり替えるのは典型的ミスディレクションのやり方。
犯罪はきちんと取り締まろうというのは、司法の問題。
行政の問題に摩り替えて、それができていないので対策しなくてもよい、ということにはならない。
何から目をそらして欲しいのか、そういう印象でしか見ることのできない問い。

4.そもそも、不正受給分が適正に配分されたとしても、生活保護が全然足りていないという現状から目をそらし、「不正受給のせいで必要な人に回らない」という考えで不正受給叩きに専念すること。

その根拠はどこから来たのか。数字的な根拠がまったく明らかにされていない。
そもそも、生活保護が足りていないという現状があったとして、不正受給分が適正に配分されたとして、かつ必要な人に回らないとしても、不正を糾弾しなくてよい、ということにはならない。
この人の言い分は「問題が最終的かつ完全に解決するまでは、犯罪を認めるべき。その調査、対策も行ってはならない」ということになる。
一体何から目をそらしたいのか。

5.門前払いが厳しすぎたり、一度受給すると生活保護から抜けることが難しくなるという現状の問題点が見逃されること。

生活保護の根源的な問題点を取り上げ、論破しているように見せかけているが、犯罪を見逃しても言いという結論にはつながらない。
生活保護の制度の見直しも必要であり、その大きな枠組みの中で「不正受給が大変に多い」という問題がある、というだけ。
つまり、今回のことは、性格保護制度の問題点の「一角」の話であり、それを全体の構造的問題点に摩り替えようとしている。
現状の制度には欠陥が多くあり、見直すべきである、その中で片山議員は不正受給について取り組んでいるというだけの話。
なぜそうまでして、不正受給から話題をそらそうとするのか。

6.別に不正でも何でもないことを不正だ不正だと騒ぎ立てることに対して疑問を抱いたら「不正受給者を擁護する」と扱われること。

今回の件に関しては

もちろん、「河本氏が福祉事務所に報告した援助額以上に母親に渡していた」というような事実が今後出てくれば、それは明確な「不正」である。しかし、そのような事実は現時点で報道されていない。仮に叩くとしたらその点だけである。

「生活費を援助する能力がある」と「実際にいくら援助した」は別の問題である。生活費の援助能力があったとしても、実際にする(あるいは受ける)か否か、いくら援助するかはまた別問題である。ちなみに、「能力があるなら養え」というのは道徳的・倫理的発言であって、「不正」という言葉が使われるような法的な問題ではない。さらに、わたしはその道徳・倫理には一切与しない。


と論破している(つもりの)ようですが
生活費の援助能力があり、当事者間での問題(家族間でのトラブルなど)がなければ……ということで、厚生労働省の説明を引用しておきます。

親族等から援助を受けることができる場合は、援助を受けてください。



それが可能かどうかは、ケースワーカーが個別に対応することになる。
この場合、家族関係や収入が問題となる。
河本氏の場合、家族関係は、著書その他から、親子関係は良好だと考えられる。つまり、収入があれば、養う義務を負うこととなる。
次の収入については、既に印税収入、また、過去にさかのぼった収入についてのうわさが流れているが、そのことは問題としない。ようするに、ケースワーカーに対して提示した収入額が問題で、その収入額に虚偽があれば、単純に不正受給となる。
そのため、片山議員は、吉本から派遣された弁護士から、河本氏の収入明細が提示されるものと考えていたのだけれども、「不正受給ではない」とする根拠を示されないままで終わっている。プライバシーを持ち出す人間が必ず出てくると思うが、片山氏は公人として、担当窓口へ調査を依頼している人間であるのだから、わざわざ片山氏の下へ出向いて弁護する際に、具体的ではなくとも、「不正はなかった」との概略を証明する根拠も持たずに「不正はしていません」というだけなら、子供の使いにしかなって居ない。
そもそも、収入の明細に根拠があれば、不正受給はなかったため、問題にはなっていない。謝罪も必要はない。道義的な責任もない。そして、ケースワーカーは毎年受給資格審査を個別に行うため、収入が不安定な場合にも対応が可能である。
じわじわと収入が上がり、不要可能になりましたというタイミングが、偶然今年の5月であり、ケースワーカーによる個別の対応が5月であったわけではないことは、母親が「自分で打ち切った」ということで明らかになっている。「扶養可能になったから打ち切られた」わけではなく、問題として取り上げられてから、主体的に打ち切ったということでは、文中の論法では擁護できない。自ら打ち切ってしまえば生活できなくなるわけであるし、打ち切っても生活が可能であれば、そもそも河本氏の申告に虚偽があったことを認めることになる。
ここは「道義的問題」ではなく、扶養可能であるのに虚偽の申告をし(虚偽の申告をせず、現在の「扶養可能な」金額を提示していたとすれば、既に保護は打ち切られているはずである)、ようするに一連の関係者からの動きが自ら、不正を認めてしまっている。

7.「自分の払った税金」が他の人に使われることに対する嫌悪感が拡大すること。

「他の人に使われること」というのは、どういうことか。
税金というのは、 公共のサービスを受けるために、国に支払う対価である。
サービスには、社会保障制度も含まれている。
生活保護制度は、さまざまな理由で困窮してしまった人たちを、国民の税金を使って扶養しようというものがそもそものスタートである。
生活保護制度が潰される、といいたいのか。
不正を処罰することで、なぜ生活保護制度がなくなることになるのか。
自分の支払った租税が、不正に利用されていることに対し、怒ることは納税者の当然の権利であり、同時に、不正をさせないことは国家の義務である。
不正を見過ごしていれば、国民は問題意識を持たず、租税がどんどん不正に使われていることに嫌悪感を持たないので、不正を調査しないことが国家としての正しい姿勢だというのならば、この人は法治国家で生活していく倫理観が欠如しているといわざるを得ない。

8.「払えるのに払わなかったのは許せない」という道徳・倫理的な「反感」が、いつの間にか「社会正義」扱いされ、巨大な圧力となって数々の弊害を招くこと。

払えるのに払わなかったのは、道義的、倫理的反感ではない。
払えるのならば払うのは、生活保護制度の基本的なルールであり、それを無視して受け取れば、不正となる。その不正を見過ごさないことは、社会正義以外の何者でもない。
その「巨大な圧力」とやらは「一体誰に」向かうのか。
正当な理由で受給している人は、そもそも制度的にも受給すべき人たちである。また、扶養している側となる納税者も、そのルールにのっとって受給している人間を糾弾するわけではない。
「生活保護制度自体を潰してしまえ」「生活保護を受けているやつを野放しにするな」「生活保護を受けている人間はクズ」といった認識が広がるとしたら問題だが、むしろ、「生活保護を受けることは恥ずかしいこと」と受け取られる河本氏の会見の法が、問題がある。

9.「子は親を養って当然(社会に養わさせるな)」が今後の高齢化社会においても強固な信念として抱かれ続け、その結果として自分の親の介護負担が過重なものとなってそこから逃れられなくなること。

少子高齢化により、制度に問題がでてきた。
そのために制度そのものを見直そうというのが、現在の一体改革その他の動きであり、今後、そのような未来が待っている可能性を考慮したものである。
今後の制度の見直しで、どのような形に変化することは不透明だが、現行制度では、親が、子が、ということでなく、親族が、扶養可能であれば扶養してくださいというのが制度であり、ルールである。
そのルールを破れば、不正受給である。
まして、子が親を養うべきだという制度でもない。親戚が養うこともあれば、兄弟が養うこともある。親族という言葉を親子関係にすり替え、論点をずらそうとしている。
現在の制度に問題があるということを、不正受給を追及することの是非に無理やり結びつけて、しかもまったく筋が通っていない。
今回の件を追及しようとしまいと、指摘にある問題は既に表面化しつつあるのである。負担が大きくなるため、制度が破綻してしまう。だからルールを変えようとしているわけで、社会に養わせるな、といった議論が出てくる以前に、既に破綻することが見えているのである。その問題をどうするか、ということと、不正を追及するとこにはなんら関係がない。

10.河本氏と無関係な「民族問題」になぜか結びつけられること。

片山議員は、外国人による不正受給を問題視し、そのため生活保護関連のニュースに耳を傾けている。
河本氏と関係あるかどうかではなく、生活保護問題、そして、不正受給問題の中に、外国人による不正受給の問題があるだけで、「不正受給」という話題に触れる場合、必然的に触れられているだけである。
同じ不正受給というくくりのなかで、今回の件が取り上げられたというだけで、河本氏の話題があろうとなかろうと、外国人による不正受給の問題は注目されるべき性質のものであり、また、いずれ取り上げられるべき話題である。
なぜ「無関係な民族問題に結び付けられる」と考えるのか、むしろその根拠を聞きたいくらいだ。
文脈の中で話題に上がることと、河本氏が民族問題に結び付けられることとは、まったく別のことである。
カーレースの話をしていて、F1やカートの話題が出てくるようもの。
それぞれは細分化されたカテゴリーの話題だが、相互に類似性があるので、話題の中で互いに顔を出すことは、別に不自然でもなんでもない。
そのように結びつけ、神経質になることのほうが異常と言える。
河本氏の件があろうとなかろうと、外国人の不正受給は、既に話題になっているのである。
なぜ自分たちの税金が、外国人に対して支払われているのか、という方向に向いてしまったら困るな、という人物が口にするのなら、わからないこともないが。




関西の芸人が、公共の電波を使って片山を脅していた、いや聞き間違いだ、という話題もあるようですが
そもそも、当事者ならともかく、父親の話題が出てくること自体がおかしくね?
それこそ、プライバシーにまで踏み込んだ、異常な発言だと思うのだけど。
内容云々、いったいわないってことよりも、父親の名前が(文脈的に出てきそうにないのに)出てくるというのは、控えめに言って、恫喝の含みは考慮すべきだと思う。

というか、擁護したいなら親族は黙っとくべきだとおもうんだがな。
口を開くたびに「私は不正受給を受けていました」という言質取られているんだが。
もっとも、自宅に押しかけているマスコミは、それが狙いなんだろうけどね。

個人的には、この報道の姿勢がうれしい。
いや、叩くことが、じゃないよ?
報道の姿勢が真っ二つに割れていること。

本来、どんな話題であれ、思想信条でさまざまな批判が出てくるべきであるのに「みんなでこうすることにきめました」と、ひとつの結論へいっせいに誘導する報道のあり方というのは、おかしいはずなんですよ。
たとえば、脱原発というのは既に既定の方針ですが、現在の原発をどうするかということにおいて、もっといろいろな分析が出てきてもいいはずなんですよね。

私はべつに、報道が思想を持つことは問題ないと思ってます。
問題なのは、偏向しているのに中立性を装うこと。
今回の件は、マスコミによる取り扱いが、驚くほど明確に割れてしまっている。これだけ各社の論調が、際立って異質なのは珍しい。それだけ、さまざまな利権が絡んだ話題だということでもあるでしょう。関西が絡むとご意見番的に突撃していたマスコミが、吉本が絡んでるのに橋下殿下のところに行かないし(笑)そもそも、生活保護の問題と大阪は、一番つながってるんだけどな。河本の母親は岡山に住んでるからかもしれないけど。

視聴者が混乱するほど立場が違うということは、視聴者がその情報を判断し、意見を持つということ。
「意見をもたれてしまうと困る」と、散々偏向、誘導していたマスコミが、このように立場を変えてきたというのは、どういうことなのか。
注意を払っておくだけの価値のある話題だと思います。
つーか、ここらで火消しに入ると思ってたのに、報道姿勢がまるっきり違っていて驚いてます。

そもそも、外国人による不正受給、ようするに「河本とは関係のない民族問題」に直結するから話題にすんな、てのがまかりとおものなら、在日である(もう帰化してるのかもしらんけど)和田アキ子が河本を叩くのはおかしいやん。外国人かそうであるか、なんてことは関係ない。遵法という観点から見れば、日本人からでも外国人からでも、この件については
おかしいことはおかしい
民族は関係ない。
無理やり民族問題に結びつければ、勿論問題になるが。
同じ理屈で、民族や人権問題に摩り替えようとする人間はおかしい。





他の話題はまた後日にでも。

万博のCMがんがんながれてますな。
日本人の財産没収とかふざけたことぬかしてる朝鮮に、金を落としてやる必要なんかありませんよ。
レイプされても報道されないし、「日本人が悪い」といわれてしまうのは、先の韓国の報道のとおり。
今話題のホルムアルデヒドが飛び交っているのも、先の韓国の報道のとおり。
日本が報道しない事実はむしろ、韓国の普通のニュースの中にあります。
韓国のことが知りたいのなら、日本の報道を信用するな。
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