りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
福島県の近況 その2
うちはまじめなブログではないので、あまり深刻に受け取らないでいただけますよう、お願いいたします(笑)
いや、前回に続いて取り扱っている内容に関しては、ごくまじめなことですけれどね。
見て考えるのは、結局見た人自身なので、私は投げっぱなしです。

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町並み

時間的なものもあり、また、ライティングでよくわからないことになってますが、画面下のほう、光っている部分ですね。水溜り。
これ、海水だそうです。
地盤沈下によって、70センチ沈降したことにより、海水が上がってきているそうです。
水没しかかっているような都市で生活してるってのは、甘えてることになるんですかね。
私にはよくわかりません。

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沿岸部?

これも暗すぎてなんだかよくわからないことになってますが、左側に林立している林のようなものが、キャプションを読む限り、漁船のようです。
なんだかわからない。
これ、キャプションの表現がおかしい、とか、画像がおかしいということではなく

景色自体が異常なんですよ

震災直後は瓦礫の山もあったそうですが、それは撤去されているそうです。
漁船は、避難地域から曳航されてきたものらしい、とのこと。
どれだけの人が、生活圏だけではなく、職そのものを奪われてしまったのかがよくわかる景色ですね。
東電どうとかはいいませんが。

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転覆した船

陸上の瓦礫はともかく、海中はそのまま
ここの水深がどのくらいかは知りませんが、この様子だと、漁港としての機能を十分に果たせないような気がします。
もっとも、漁船は小型船が多いので、透明度の高い港なら、目視で障害を回避できるから良いんだろうけど、大型船の入港は無理ですね。

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常磐線鹿島駅

駅員がバスの案内をしているそうですが、やはり鉄道は動いてない?
ローカル線だけがこういう状態、ということなんでしょうか。こういうことかいといてなんですが、現地情報に疎いんで(笑)
(私がいつも言ってるのは、こういう細かいことではないんですけどね)
駅としては機能していないみたいです。

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同駅

たまにこういう視界の良い写真を見るとぎょっとします(笑)
線路には完全に人の手が入ってませんね。鉄男ならわかるのかもしれないですが、復旧どんくらいかかるんですかね。
私アイドルブームど真ん中鉄道ブームど真ん中にいたのに、まったく興味なかったんで、さっぱりわからんです。鉄道のことは。仕事で裏にどんどんはいっていける立場にいたんで、しょっちゅう写真とってきてくれとかいわれましたが。
JRのえらいさんとのみにいったときに聞いた裏話は楽しかったですけど(笑)

どちらかというと、気になるのは右手の車の数。駅職員のものなのか、それともたまたま駐車場なのかはわからないですが、自家用車で埋め尽くされている休止中の駅って絵は、相当交通事情やばくないですか。

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常磐線原ノ町駅

緊急時避難準備区域だそうです。
関係ないこと突っ込んでいいですか。馬の人相馬盛胤?(笑)
駅舎もきれいで、築何年くらいだろう。建物の基礎が映っていればおおよそ察しが着くのに(笑)
たまたまなのか、建物がやたらに真新しいのが気になるんですよね。どういう位置づけの都市圏なんだろう。
レリーフの感じから、再建したものではないんだろうけど。
土地勘がないんで、私の脳内では

佐竹 相馬 人取り橋

みたいにシンプルなイメージしかないんですけど(他県のイメージってそんなもんだよね。私だけか?)
さきほどの沿岸部からは、やや内陸ってことでしょうか。
当然、避難区域の外ではあるのですが、ひまわりが植えられてます。
結局、何万本と植えないと効果が上がらない、ということですが、それが許されるのなら何万本も植えちゃえよ、と思うのは、私の小学生波の脳です。
土地の回復の問題とかもあるんだろうけど。でも、この件に関しては、目先のことに走ってしまっていいような気がしてます。
まあ、無責任な位置に住んでいるからいえるのであって、現地の人にとってはそんなこともいってられんのだとおもいますけど。

今回はここまで。あと一回続きます。

結構愕然とするのは「復興復興」といわれながらも、瓦礫が残ってるのはまあいいんですよ
(よかないけど)
結局、震災の破壊から手付かずのまま突っ走っている町並みが、そのままそこにあるということ
そうせざるをえないからなんだろうけれども、「優先度」という言葉で切り捨てられている人間が、ここには住んでいる、という間接的な体感ですかね。私自身は、震災前後からなにもかわっていないところで生活しているので、あの震災そのものが、たとえばイランイラク戦争をライヴ映像で見たときのような、実感のわかないところがあるんですが
日本の町並み
という、日常に食い込んでいる非日常を突きつけられると、どうにも言葉を失います。なんなのかこれはと。そんなかんじです。
誰が責任を取れとか、どうしてこうなったはあとでいいんですけど、「まだこんな状態なのに、さて次はどこに手をつければいいの」ということを、支援しているつもりなだけの私らはいえないわけだし(倫理的な話でなく、見当つかないから)、かといって「優先度」の一言で発言を圧殺されがちな現地の人が言えるかというと、ねえ。

前回チラッと書きましたが、日本って国は本来、治安は危ない国だと思ってます。
法治国家としての治安は抜群なんですけれども、民衆の暴力(有形無形含めて)という、どちらかというと大衆によるリンチ傾向によって、危ない国だとおもってます。
なんのはなしかというと、人間の心理として付和雷同ってのはどの民族にもありますが、日本人の特徴的な行動として「はじめの一歩を踏み出す前に、とりあえず隣のやつの顔を見る」てのがあるとおもいます。
たとえば、東電の連中フルボッコしてやりたいな、と、内心思っていても、振り返って周囲の人間がそれを抑えようとしているのなら、自分もそれにあわせて抑えてしまえる、ということです。
それを理性という呼び方もできるかもしれませんが、裏を返せば、誰かが一歩踏み出せば危険だという意味でもあります。
ただし、倫理的に日本人は(魚食う民族はみんなそうらしいですが)暴力で物事を解決することをよしとしないので、その点律することを知っていますが

暴力ってのは物理的な破壊力だけの話ではないのでね

相互監視、数の暴力、それによる言葉の剥奪も十分暴力だと、私はおもってます。
福島から避難してきた人を隔離しようとしてみたり、そうした行動が報道されましたけれども、あれは周囲の人が納得し、付和雷同しているからやれることで、そこで「それはおかしいだろ」という声を上げられないのが日本だ、ということなんですよ。
言えばいいジャンと思うかもしれませんが、群集による声なき圧力ってのは、想像以上に怖いですよ。
ネットでも、頼まれもしないのに、検閲したりする連中いるじゃないですか。あれですよ。
多くの無言の声を背にして、頭はどこかにあずけっぱなしのまま、とにかく統制しようとする連中。

日本には、伝統的に隣人管理システムとも言うべきものが存在して、ようは「上(政治)」を監視するのではなく、「横」ないし「下」を相互監視させることによって治安維持してきた側面がありますが、隣人が密告者であり、法の執行者であり、監視者であるということが当たり前の日本人にとっては、公然と怒りうる理由をぽん、と何かの権威つけて投げ出されたら、なにをしでかすかわからん、という面があると思うんですよね。
非国民とか。

まがりなりにも政府というものが「そういうことはけしからん」といっているから、妙なことにならないだけで、たとえばファミレスで福島から来た人をほかの客と隔離して配置した、という報道が伝わり、そのことに対してなんら倫理的な批判がなされないまま情報が垂れ流されると
ああ、うちでもやっていいんだ
と、モラルや理屈を飛び越えて(むしろ頭は他人に預けっぱなしで)
うちもそうするように
という指示が、当たり前のようにとぶんですよ。
うそやろ、と聞こえるかもしれませんが、食品業界ってのは、消費者に徹底的に迎合するので、時にこういうことをやります。現場にいた一人として、そういうことは肌に感じます(笑)

ようするに、なんらかの権威に裏付けられれば、それが当然の行為として無形の暴力に発展する国、私は日本のネガティブな部分をそう見ています。
物事が表面化する前に、発言を封じられるんだよね。
オタはみんな、社会的に多かれ少なかれ、体験してきていることでしょ?

私は迎合することを覚えたというか、結局は世間で言う典型からはかなりずれているから、そういう窮屈さはあまり感じずにすみましたけど
日本人が、横ではなく、上を見て、批判して、考える国民だったら、もっといろいろな意見が飛び出していても不思議ではないと、個人的には思うのですが。
発言する前に、自分の意見にフィルタをかけて、平均化しちゃうんだよね、私にはそう見えるというか。
そういうところからは、結局、積極的な意見というのは生まれないと思う。

間違っている意見を口にする勇気のないところには、それを正す声もあがらんとおもうのです。

もっとも、私の言っていることなので間違っているとは思いますが。
(なにより、私が指摘している点は、日本の村落共同体の1側面でしかなく、公平さを欠いた視点でものを言っているので、すべてに当てはまる見方ではありません。ただ、限定的な見方に立てば、かならずしも歪んだ立場でものを言ってるだけではないのじゃないかな、と思ってます。共同体から意識的に排斥されるってのは、そのこと自体どんなものであれ、暴力には違いないです。それが趣味趣向の問題でもね)
福島県の近況 その1
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亘理町の仮設住宅

友人が福島に帰省したので、少しでも現地の空気、みたいなものを感じてもらえればと、いくつか写真を撮ってきてもらいました。
現地の人がどの程度甘えているのか、理解してもらえればと思います。
うちのブログを読んでいただいている人は、総じて知的水準が高いと思っていますので、表現の意図はわかっていただいてるとおもいます。
まあ、知的水準よりも、他人への思いやりの問題なんだけどね。
日本人は政府がなくてもやっていける国民だ、なんてことをいわれていい気になっている人も多いですけど、私は日本人ほど政府がないとなにもできない国民はいないと思いますよ。詳しくは書きませんけど。

てことでまず、現地の住宅です。
全体的に画面が暗いので、補正をかけようかともおもいましたが、実際の景色を見ていただいたほうがよいと考え、そのままにしてます。
細部は明度補正なんかをあげてご覧ください。

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自衛隊への感謝のメッセージ

自衛隊だけでなく、ボランティアや他県の方へのメッセージもよく目にするそうです。
他県に住む人間にとっては、既に過去の話になっていますが。
結局、問題への取り組みとか、意識の持ちかたってのは、「現在どういう状況なのか」を知ろうと努力する姿勢だとおもうんですよね。
あと、私は土地勘がないので地名見てもどこだかわかりません(笑)

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福島県北東部都市 常磐線相馬駅

この周辺は津波の被害を受けていないそうで、震災の痕はほとんど残っていないとのこと。
代行バスが出ているとのことですが、よく意味がわかりません。鉄道は動いてないってこと? でも切符買ってるし。電車のるんやろこれから(笑)
今ひとつ何が言いたいのか要領を得ないのはいつものことですが、一部地域の鉄道は寸断していて、その方面にだけ代行バスが出ているってことですかね?
そう解釈しておきます。

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別の角度から見た駅

以前の光景を知らないので、何がかわっているのか私にはわかりません。
植物の様子からすると、水を被っていないのはわかりますね。
建物への目立った被害も見られないようです。

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赤錆の浮いた線路

「半年間電車が走っていない」って、あんたさっき切符かってたやん(笑)
相変わらずなにがいいたいのかよくわからんひとだなあ(笑)
しかしご覧のとおり、赤錆まみれですね。
こうなってしまうと、この線路をそのまま使えるものなのかどうか、私にはよくわかりませんが、金も時間もかかりそうなのはわかります。

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沿岸部のコンビニ

以前の震災直後の宮城市内と比較しても、物が豊富なのがわかります。
物流が回復しているのはわかりますが、経路が気になる。
陸路? 鉄道? 空? 海?
それによってかなりちがうんですよね。
これから1年、10年と時間がたつわけですが、限られた経路からの物流は、期間が長くなればいろいろと問題が起こるので。
今はまだ、復興支援という意識があるからよいのだけれども、それにかかわっている人も、食って行かないといけないですから。
そうなると、物が偏ってくるんで、そうなる前に「次はどこなのか」を考えるのが、周辺に住む人間が意識することだと思います。
声の橋渡しをする人間が必要なんだけど、マスコミがあの体たらくだしなあ。
このへん、やっぱり行政とボランティアに頼るしかなさそうな気がする。

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復興の痕

手前の草のせいで、全体的に何が映っているのかよくわかりませんが(畑?)
震災直後は瓦礫とヘドロですごい状況だったそうです。
自衛隊、ボランティア、地元の人の手で片付けられたということですが、どういう方法だったんですかね。
初期は手作業だったとおもいますが、重機が入った時点で現状まで復興した、ということでしょうか。
ヘドロがあがってきてたということは、このあたりまでは津波の影響が出ていたということでしょうか。よくわかりません。というか、ここどこ?(笑)
たぶん相馬市近郊だと思いますが。

ぱっとみたところ、そこらの町並みと違うところがあるようには見えません。
それはたぶん「以前の状況を知らない」ことと、「それだけ多くの人の手が入った」ということだと思います。
「それだけ多くの手を貸してやったんだから甘えるな」という思考をする人は、最初から寄付だのなんだのはしないほうがよいとおもいます。
いつもおもうけど、日本人のボランティアとか寄付の意識って、おかしいよな。そう思うのは私だけなんだろうか。
人のことを上から目線で物を言う、なんてことを平気で口にする人たちがそういうことをいってると、目くそ鼻くそなきがしてくる。
「甘えているのを許していい」といっているわけではないので。
「甘えているのかどうかをちゃんと確認しているのか」という話。
日本のマスコミは、報道メディアとしては半身不随に近いので、情報をそこだけに依存して、自分で考えない、自分で集めない人にとっては視野を狭くすることはあれ、広げることはないんで。
(そんなことはない、と思う人は、権威主義者だと思うので、「報道のタブー」でググってWIKIでも読めばよいと思います)
会話していると、どこかのTV番組の台詞を口移しに批判している人も多いので、ああいうのはちょっとなあ。
自分で考え、判断しての言葉なら、いい表現や言葉はどんどんぱくった方がよいと思うんだけれども、正直どうなんだろう。
「報道されていること」しか知らない人は、会話するとどうしてもわかってしまう。

てなことで、続きはまた後日。
この先は少し、ここが被災地なんだと感じられる光景になります。

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そしてなんとなくGXをみる

この人もなんとなく長編向いてない意識があるのですが
魅力のある世界観を作っても、その世界観を生かしたスケールの物語を作らずに、個々に焦点を当てたものばかりの物語を作るので。
舞台を生かしたドラマを作っているのをあまり見たことがない。
しかし、そこが魅力でもあるんだよなあ。
なんだかよくわからない力とか、なんかすごい兵器が世界を変えて行くわけじゃなくて
結局は一人一人の人間が世界を動かしているんだ、という意識を持たせてくれるのは、やっぱり卓抜してる。
私自身、選ばれた血だの、勇者だのが好きじゃないからなのかもしれませんが
だって、ドラクエなんかやってても、勇者以外はなにしたって絶対勇者になれないんじゃぜ? パーティでボスを倒したって、勇者は一人なんじゃぜ?
そんなのおかしいやん。
私にとっての、そういう物語への「不愉快さ」に、真っ向から取り組んでくれた作品がこの作品なので
なんとなく心にもやもやしたものがあるときは、この作品を見ることにしています。
ちょっといろいろ書こうと
準備しているので箸休め。

UFOマニアにとっては基礎知識ともいえる事件に「ロサンゼルスの戦い」があります。
1942年2月25日、第二次世界大戦の真っ最中、ロサンゼルス上空に日本軍が襲来、陸軍が迎撃戦を展開、ラジオ放送までされたのですが、のちにこれが誤報とわかり、なぜこんなことが起きてしまったのか、いまだに論争を呼んでいる事件です。
一般に気球の誤認(気球好きだなアメリカ人)、偵察機の誤認、風船爆弾の誤認(しかし当時風船爆弾はまだなかった)などがあるのですが、中でも面白いものが、UFOによる攻撃だった、というものです。
この戦闘では死者も数名でており(ただし、原因は陸軍の対空砲火による破片の落下によるもの)、宇宙戦争のラジオ事件のような、フィクションではないようなんですが。
(有名な宇宙戦争のラジオドラマの逸話は、ラジオという新興メディアに危機感を感じた新聞社による圧力で捏造されたとする説もある。ハースト系の新聞社なら十分にありえることであり、実際、言われているような規模のパニックが発生した、客観的な資料というのは確認されていない)

詳しい記述はWIKIに譲りますが
(なお、その当時の映像と称するものも存在している。信憑性については各自のご判断を仰ぐとして、個人的には「描いている」ものも存在してるので、まぁこんなものか、程度の感覚です)
編隊飛行の様子や、飛行方法は、よくあるUFO目撃証言と一致しており、逆に言うと日本軍の襲来と捕らえるほうが無理のあるものとなっています。
ただし、これが「本当に当時の証言なのかどうか」が確認できなければ意味のないことですが。
この証言が当時のものと仮定して、話を進めましょう。

UFOゃUMAの目撃証言は
「誰かが目撃し、それが報道された時点で爆発的に類似証言が増殖する」
という傾向があります。
つまり、マスコミによって植え付けられた先入観が「何か」を目撃した際、自分の持っている知識の中から、自分の体験を他人に伝えるために類型の話や物を探す、という心理的なものによるものがある一方、見てもいないものに付和雷同して「目撃者」になることで、時の人になろう、という心理作用があることも、よく知られています。
簡単に言ってしまうと、人の注目を浴びるために、安易にそうした目撃者が増えてしまうことがある、ということです。
UFOマニアが中世の宗教画にそれらしき物体を探し、それに固執するのは、マスメディアによって流布されたイメージの流行に毒されていない、当時の人間が、UFOを目撃していれば「それは事実だ」ということになるためで、では「あれはなんなのか」という話は、宗教と絵画の話になってしまうのでとりあえずおいとくとして。

このロサンゼルスの戦いの時点に、UFOという概念が存在していれば、この目撃証言はかなり怪しい、ということになります。

1940年当時の証言からすると、最も古いとされているのは1941年、インド洋上で目撃されたもので、当時はUFOという言葉はなく、フーファイターと呼ばれていました。その後も目撃はされていますが、その目撃場所というのは、ヨーロッパ、太平洋であり、ようするに第二次世界大戦における主要戦場であり、アメリカ本土で目撃されたわけではありません。
また、目撃者はいずれも軍人であり、民間人による目撃証言は記録されていないようです。
1945年には「タイム」にも取り上げられていますが、総括的な内容となっており、それ以前にも報道されていた可能性はあります。その意味では「光る奇妙な物体」という目撃証言は、そうした報道に影響された可能性があります。
のちにこれらの飛行物体の目撃証言を重く見たCIAによりロバートソン委員会が発足、調査が行われ、結局は「これらの飛行物体は国家の安全保障にかかわるものではない」として、ナチの秘密兵器であるとか、敵性国家による偵察行為だとする可能性は否定されたのですが、ここでようやくUFOという言葉が使用されたため、のちに「CIAはUFOの存在を隠している」と、ビリーバーに言われる原因を作ることになります。隠すも何も、UFOってただの略語なんですが。
なお、この報告は1952年に提出されているため、事件との因果関係はもちろんありませんが、あくまでも国家安全保障に対する報告なので、「敵性の物体ではないため、こんなものの正体を探るのは時間の無駄」ということで調査を打ち切っています。自然現象であるとも、エイリアンクラフトだともいっていません。自然現象の調査機関ではないので、安全保障にかかわらないのなら、調べる必要性はない、てな理屈です。

ロバートソン委員会報告(原文)

この中に「多くのフー・ファイターは金属的で円盤の形をしているように描かれていると述べ、「もし1943年から1945年の頃に『空飛ぶ円盤』という言葉がポピュラーになっていれば、これらの物体はそう呼ばれただろう」と示唆している」(WIKIより訳文引用)という表現があり、つまり、この当時は「空飛ぶ円盤」という概念そのものがなかったことが示唆されています。

では、フーファイターが空飛ぶ円盤となったのはいつか、ということになりますが
世界で始めての「空飛ぶ円盤」の目撃証言といわれるケネス・アーノルド事件を待つことになります。
このときにケネスが表現した「円盤が水面をスキップするように飛んでいった」という、本来飛行状態を表現した言葉を、マスコミが「空飛ぶ円盤」と報道することで「銀色で円盤型の物体」が爆発的勢いで目撃されるようになるのですが
「飛行状態」を表現した言葉であると前置きしたように、ケネスが目撃したという物体は、ブーメラン状、しいていえば、エイや、現行のステルス機のようなもので、円盤とは似ていません。
つまり、以降報告された「円盤」なる物体の信憑性に一石投じるエピソードになっているのですが、この飛行形態というのが実は今回の要点でして、ロサンゼルスで目撃された物体は「ジグザグに飛行していた」、つまり、ケネスによる初めての目撃証言よりも遥かに早い(1947年6月24日)、という点です。
逆に考えれば、当時有名だったロサンゼルスの戦いの話を、ケネスがパクった、ともいえそうですが、面白い類似性です。
これ以降、ケネスは時の人となり、冷戦下UFOが一台ブームを巻き起こすことを考えると、ケネスがロスの戦いを掘り返した可能性は高いような気もしますが。

この類似性のために、ロサンゼルスの戦いはUFOとの交戦であった、とする説が根強くあり、映画化もされています。ハリーハウゼンの作品にもUFOが襲来する作品がありますが、空飛ぶ円盤が、空軍ではなく、なぜか地上部隊と交戦を始めてしまうのも、この戦いの影響が濃いと考えられます。
もっとも、予算とか、当時の映像技術的に空戦の特撮が面倒だった、てな都合もありますが。

実は私の世代的には、この戦いはスピルバーグ監督「1941」で、非常になじみの深いものになっているんですよね。

この映画、興行的には大失敗したのですが、個人的にはスピルバーグの最高傑作のひとつだと思ってます。
「1941」では、ロサンゼルスの戦いの原因はやはり日本軍となっており、防戦する陸軍の暴走(ほとんど馬鹿騒ぎ)によって、ロスの町が壊滅していくさまをコメディとして描いているのですが、おそらくこの点がアメリカで受け入れられなかった原因だと思います。日本では、ぼちぼち売れていたような記憶もあるし。
この作品は「未知との遭遇」の直後に撮られており、UFOマニアでもあるスピルバーグが、この戦いの原因にUFOが絡んでいたという説を知らないはずがなく、冒頭の「ジョーズ」のパロディも含め、自分のヒット作のパロディを意識して作ったものでしょう。
まあ、結局この失敗がよほどこたえたのか、この呉スピルバーグは、コメディ作品は他人に任せ、自身はプロデュースに回ることになるんですが。個人的にはもっと観たかったけどなあ。

アメリカのUFO神話というものに、大日本帝国が深くかかわっている、というお話でした。


なんか旭日旗あると違う映画にみえるんだが

「あまり芳しい仕事とはいえんな」
ダン・エイクロイドの大ファンである私としては、この人のきちがい演技を見られるだけで最高の映画です。
スピルバーグとしては、純粋にロスの戦いを馬鹿騒ぎとして捕らえたコメディを撮りたかっただけだと思いますが、とことん陸軍がコケにされているんで、ちょっとカチンとくる人は多かっただろうとは思います。
馬鹿にされてるのは、日米独みんなそうなんですが。

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我々は皆サムライとニンジャの子孫だ

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歩くもみの木軍団

これ確か、TV放映時はカットされてた記憶がありますが
国辱的だからってことなんでしょうが、いいのになあこういう素朴な笑い
この映画、日本軍水兵がえらいかわいいんですよね(笑)
その中でミフネだけが威厳あるところが面白いんですが。
完全にフィクションなら、また評価が違ったと思うんです。

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そしてこれも誰だかわからんな(笑)

これ以上のアップがないんで(まあ眼鏡でわかりますが)
このとき出演したお返しにと

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後年こうなります

「踊る大走査線」のラストでも有名な「ブルース・ブラザース」の一コマ
ランディスはほんと、群集と、静と動の使い分けがうまかった監督だよなあ
過去形でいうなよ(笑)

観覧車のシーンは模型なんですが、当時、この特撮シーンはTVで何度も取り上げられ、ミニチュアの撮影風景なんかも見られました。いい時代だったよなあ。
妙な日本人があまり出てこないのも特徴。
「はりうーっ!」
くらいですかね。「もーしもーし亀よー」で吹いた人は多かろうと思います。
とりあえずこの映画でわかったことは強さのランキング

ドゥークー伯爵<三船敏郎

三船敏郎=ヨーダ

さすが直弟子。
(三船はケノービ役をオファーされていた。というか、モデルは三船)
たぶんだめなんだろうな
イカ娘の2期。
書きたいことをメモするのを忘れたので、映画を見ながら考え事をしていたら、唐突に思い出した。
いったい何が受けたのか、作り手がよくわかっていなさそうな作品の続編って
結局記号をばら撒くことに終始して、一貫性のない作品になりがちだから
期待しつつ、だめなんだろうなと。

別に「バタリアン」の話じゃないですよ?

それでも観てしまう私が一番だめな気がする。



ほんとに何かこうとしてたか忘れた。



戦争映画祭り中、久しぶりに「ブラックホーク・ダウン」を見たのですが
なんかここしばらくジョシュ・ハートネットの映画ばかり見てるなあ。
やっぱりソマリア人がゾンビに見えて仕方がない。

狙いどころはわかるし、映画的な演出を控えめに、リアリズムを追及した映像は見事の一言に尽きるのだけれど
ソマリア側からの視点を極力排除していること
とってつけたようなラストの演出
ソマリア人の遺体は基本的に描写されないこと
「現場にいた兵士たちによる一人称の映像」という点では正しいのだろうけれど
一方的な悲劇と感動の物語の作り方って、素直に感動できないんだよなあ。
アメリカ人なら当然、違う感じ方をするのだろうけれど、私日本人だし
たとえば「ナバロンの要塞」でフランクリン少佐(だっけか)を置き去りにせざるを得なかった、マロリーたちのドラマには涙するのだけれども
同じような展開が満載のこの作品では、状況の一部としてしか認識できない
というより
わらわらと現れるソマリア人をシューティングゲームのように吹っ飛ばしていく米兵に、そもそも感情移入できず
「自業自得なんじゃね?」と、突き放した見方をしてしまう
たぶん私だけなんだろうけれど、普通の人は、感動するもんなんだろうか。
ああ、そうか震災のときの日本人のこと考えてたんだっけか。もういいや(笑)

話を戻して
私は実際に戦争したこともないし、戦争という状況がどういう心理状態を作り上げるのか、体験としてしらんのだけれども
機銃掃射しているところへ次々に飛び出して、ばたばた倒れていく、なんてことは実際にあるのかね?
映画的演出と割り切ってみているから、見ている間はあまり気にならんのだけれども、百歩譲って、あれでは第二次世界大戦ものの「わざわざ弾にあたりに来るドイツ兵」に見えて仕方ない。
ジュリー・ブラッカイマーは大衆向け作品を意識していたらしいですが、少なくともそれがアホなことだというのはわかる。
テーマや主張を排除した、投げっぱなしのボールと考えると、見事な作品だと思うのだけれども、その一方で、妙にヒロイックな演出が鼻につく。これは編集の段階でブラッカイマーがつけたのか、リドリーがつけたのかしらないけれども、リドリーがつけたのだとすれば「そこまでして賞がほしいのかこのおっさんは」と、当時あきれ返った記憶がある。
戦場のリアリズムという点、また、それを観客に伝えるという批評は、一面を正しく伝えている思うのだけれども、それはドキュメンタリーでいいのじゃないか? という気持ちもある。合間合間に映画的な演出が施されるから、どうにもきな臭い。そんな気持ちにさせられる。
私の場合、何度か繰り返し見ているうちに、作品への評価がころころ変わるので、友人にもあきれられるのですが(第一話を見たとき、イカ娘をぼろくそに言ったりもしていた。早苗がいなかったからかもしれないが)、どうもこの作品だけは、印象が変わらない。
とってつけたようなシーンが、いちいち言い訳がましいからかもしれないけれども、作品に一貫したものがなく、結局何がしたいん、と突っ込みたくなるからなんだろう。
あと、監督がリドリーだから、てのも大きい気がする。
CFで大成した人らしく、この人の映像の美しさは傑出していて、大ファンなのだけれども
脱線ついでに「レジェンド/光と闇の伝説」について語っておきましょうか

この映画、学生時代に公開され、とりあえず「リドリーだぜ」ってことで、総出で見に行ったのだけれども
とにかくつまらない
とにかく退屈
私も同感なのだけれども(笑)
以降、暫く友人間で「リドリー」は禁句になったという経緯があり
しかし私は嫌いじゃなかったんだよなぁ

なんといっても圧倒的なビジュアル
ロブ・ボッティンのメイク
ティム・カリーの顔←特にコレ
光の洪水ともいうべき映像の中に埋もれてしまった主人公、トム・クルーズはどうでもいいとして(おい)
この詩的映像空間に喘ぐような興奮を感じ
ティム・カリーの映画はすべてみようと決意することになったという経緯があります。
詳しくはWIKIでどうぞ。

あまりにも売れないため、レンタルリリースされてもほとんどレンタルがなく
販売元のセールス的に、小パッケージでリリースはされていたんですが
(レンタルリリースには3本セットと10本ないし数十本セットの販売があり、レジェンドは基本的にこのセットでしか販売されていないあたりに、売る側もよくわかっていたってことなんでしょうが、話題性のないものは基本的に単品売りなので、リドリーとトムの名前はかなり大きかったって事なんでしょう)
あんまり売れないために、デッドストックにしておくのもなんなので、中古として売り出されてしまったりしてましたが
ええ、当時レンタルビデオ店でバイトしていた私はその場で購入しましたけどね

この作品に出会った後思ったのは
リドリー・スコットって結局
音楽だけでなく物語にもセンスがまったくないんじゃないかってことで
(ヴァンゲリスの起用なんかをみると、センスありそうな気がするんですが、映像としっくりいっても、ドラマとしっくりこない選び方を時々するような…)
よく考えると、彼の名を一躍高からしめた「ブレードランナー」は、散文的な映像美と、フランケンシュタインへのオマージュだけで成立しているし
「エイリアン」は奇想の脚本家ダン・オバノンが参加
「ブラックレイン」も圧倒的な映像表現と、松田優作(とアンディ・ガルシア)以外、よく考えるとあまり見所がない
「誰かに見られてる」は、好きなトム・ベレンジャー主演なのに(ビデオも持っていたりする)ほとんど内容の記憶がない
久々にヒットした「ハンニバル」は、物語などほとんどなく、アンソニー・ホプキンス大暴れという映画だったし



やっぱりストーリーはあかんのではないか?



まあ、べつにいいんだけど。
それでも好きだし。

よい脚本家がつけば、よい作品が撮れる人だと思うのですが
原作を自己消化しなければならないような作品だと、こうなってしまうのかなあと
いや、私の言ってることなので間違ってると思いますが(笑)
好きな人の作品なので、言い訳を探してます。
言い訳を探してます。

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ティム・カリーはやっぱりいいなあ

オチはそれかい。
ええ。ティム・カリーは最高です。
「アニー」なんか観るのはらしくないといわれたこともありますが
ティム・カリー出てたからな。
ジョン・ヒューストン監督だし。
でも、なんてことのない映画でしたが(笑)
ラップみたい
と"The Ascension"を聴きつつ
こう、なんかいろいろ書きたいことがあり、ぼーっとしている間「うむ。こうかこう」と考えるのですが
頭の中で書き上げて

それで満足してしまう

という、だめなルーチンにはまってるのですが
最近どうも、まじめな内容は自問自答して、その時点で納得してしまうのでかけないんだよなあ(笑)
まあ、読んで面白いものではないし、それでいいのかもしらんのですが。

そういや、福岡でも福島関連で色色いわれてるみたいですが
なんですか、あんな少数の声を大々的に取り上げるって馬鹿なの?
馬鹿なの? てのはもちろん視聴者の話
ああやって恣意的に矛先を向ける時は、必ず触れられたくない話題から鋭鋒をそらしたいときだってのは常識的にわかることだから、大半の視聴者は「馬鹿なの?」と思いつつ眺めていると思いますが。
それでも、相変わらずTVや新聞の権威を妄信してる人間ってのはいるし。

あっそういえば、最近「さすが石原都知事」と見直すようになりました。
会津は江戸の人間のために犠牲になったんですよね

確かに江戸に住んでる人はみそぎが必要だ

他人に危険を肩代わりさせてのうのうと文句たれてるようなのは死ぬといいよ。





でまあ、いつものように映画の話ですが
「9月にはいったのにくそ暑いね とフレがいったから今週は戦争記念日」
というわけで

一人戦争映画祭り

今、人生最高にだめな瞬間を味わっている気が……
いや、一人でAVみてるよりいいのか? いや、むしろAVは一人で見るものじゃないのか?
学生時代、友人の下宿で上映会やって、いつのまにか逆襲のシャアになっていた苦い記憶が私にはあります

どうでもいいねそんなことは。

ま、そんなわけで「ヒトラー ~最期の12日間~」を皮切りに、計12本ほど見ていたのですが
ていうか


ブルーノ・ガンツ萌え!


やや手の演技がしつけぇ感はありますが
(じゃあどう演じるのが正解かと聞かれたら返事に詰まるのですが(笑))
優しいおじさん

狂気の独裁者
というのをごく自然に演じ分けられるこの人はすごいなあ。
ヒトラーを演じた人は、ロバート・カーライルやアンソニー・ホプキンス(意外にも顔がクリソツなのには笑った)なんかがいますが
女性や子供に対する優しさ、いたわりがピタッ、とはまる役者という点ではこの人を越えた人はいないんじゃないですかね。カーライルもかなりいい感じですけど、ヒステリックな演技をしていないときでも、どこか落ち着かない様子があって、いつ爆発するかわからない爆弾を見ている感じがして(もちろんそれが狙いなんでしょうが)
ガンツの演じるヒトラーの場合、たとえば女性に対してものを言う場合、性的な下心などが匂ってこないいたわりが感じられて、「ヒトラーの魅力とはなんだったのか」ということを考える場合の、この作品名におけるひとつの手がかりとなっているような気もします。

関係ない話ですが、私は怒りっぽいので、宗教やらなんやらにはまっている知人から「菜食主義にきりかえなさい」と進められたことがあるんですが

ヒトラーおじさんは怒りっぽいですよ?

(ヒトラーは菜食主義、加えて嫌煙家として有名)
因果関係のない、でたらめな理屈で人に妙なものを勧めないでほしいと思う。

映画的には、ごく単純に「ナチが悪」という描かれ方はされず、また「国防軍は規律正しく、ナチとはまるで違う」としばしば言われますが、結局、状況しだいでは武装親衛隊だろうと国防軍だろうと、まして市民だろうと狂気に飲まれたら何をしでかすかわからない、というようなことが、丁寧に描かれてます。
かなりえげつない描写も多いですが、某ベトナム映画のようにゴアシーンが露骨に観客へのサービスということもなく、戦争の中での死、あるいは、人の命の安さ、その突き放した視点には好感が持てます。
戦局の変化により、片付けられないままの死体が路傍に転がりだし、BGMのかわりに砲撃の音が陰々と響く後半は、いわゆる第二次世界大戦ものとしては異色かもしれません。
もちろん、英雄として描かれた人物が、実際の人物像とはかけ離れていたり、お涙頂戴で描かれるシーンなんかもあるのですが
「さあ、ここで泣け」というような演出は控えめで、荒んでいく人の心というものがどういうものなのか、なぜタブーであるナチの映画をドイツが撮る気になったのか、なんとなくわかったような気にさせてくれます。

死体の描写の生々しさは、さすが「ゴアといえばドイツ」
といっても、ドイツスプラッターのような、という意味ではなく
たとえばヒトラー夫妻がガソリンで燃やされるシーンなんかだと
ハリウッド映画あたりだと、死体袋に入れて運ぶまでは「中に人がいる」状態ですが、いざ穴に投げ込まれるシーンでは、もう中身が何か違うものになってるのが見てわかりますが
生足は出てるし、なによりガソリンぶっ掛けられると体の線が出てくる
生半可なゴアより、インパクトは絶大です。
人の死というものを、丁寧に描いたとき、こういうものになるんだな、と感じられます。

私の中で似たような印象のある映画として「マッシュ」があるのですが
題材的にはコメディで、型破りな主人公が暴走する「アニマルハウス」タイプのコメデイ
しかし舞台が朝鮮戦争なんで、戦争も大量殺戮兵器の登場する、現代戦
次々と運び込まれる重傷患者を(死ぬとき以外は基本的に顔が見えないのがミソ)流れ作業で次々と(お気楽に)さばいていく姿というのは徹底的にブラックで
さだまさしの歌で反戦訴えるよりもよほど破壊力があります
やっぱやだよなあ戦争は。
死ぬと物になるという、ごく単純な理屈がこんなにも明快に描かれている戦争映画は、そう数はないですが
反戦を訴えるなら、つまらん理屈垂れ流すよりも「マッシュ」一本見れば、それで事足りるんではないかと思う。

ちなみに、ここに登場する小倉は、私知りません(笑)
どこの小倉。

変な日本も楽しめるので、一粒で三度くらいおいしいですよ。

そろそろ、何が言いたいのかわからなくなったんで、やめます。

しかしなんだろう。この映画、コメディといってしまっていいもんなんだろうか。
確かに笑えるシーンは多いのだけど
映画のおよそ1/4程度が手術シーンてのは、血に免疫のない私なんかには、かなりつらいものがあるんですが
(ならホラーみんなよ)
でも、ドナルド・サザーランドでてるからなあ
この人が出たら、見ないわけには行かないよなあ




ぜんぜんこれも関係のない話ですが
著作権がらみでなんか逮捕者続出とか
いや、まあ、権利者の権益を守ることはいいことだと思うんですけど
なら、他人の権利もちゃんと守れよなとおもうのですが。
「アメリカの作品ならばれないよな?」
というような、視野の狭いことで、現在の無駄にグローバルな情報社会は生きていけないような気がするので。
子供じみた言い訳で通ると思ってるのなら
著作権違侵害した連中の子供の言い訳もちゃんときいてあげるべき気がする。
文字通りに受け取らないでください。

なんていうか、考えないで文章読む人ほんと多いよね。


深く考えないでどうぞ

ジェイ・チャタウェイはスタートレック/ヴォイジャーを書いた人。
ノリスに殺されんぞ。
ばす
さて。
前回は「羊たちの沈没」についてお話しましたが
(ていうか内容には全く触れてないじゃん!)
最近は2部構成にするのがマイブームでして
ようするにあれは


「弾丸特急ジェットバス」


についての前振りでした。
いや、ほんとは報道ネタを書いていたのですが
書いてる途中で飽きた

さて、いつものように個人的ネタをからめつつ、本作品の日本における状況から書き起こしますと
まずこの作品、独立系のしょぼいコメディではなく、パラマウント作品なので、れっきとした大手のコメディ
日本では、「フライングハイ」を筆頭とする、突っ込みなしのぼけっぱなしコメディが流行した時期でもあり
「トップ・シークレット」「フライングハイ」といった、当時としてはビッグタイトルのコメディ映画に、トレーラーが納められ
クライマックスである(本国版ポスターでもある)崖っぷちのバスのシーンや、主人公ジョセフ・ボローニャが転落するシーンといったハイライトも納められていまして
見せ場をこんなに出してしまっていいのか?

しかし見たい!

と、当時コメディ映画にどっぷりと浸かっていた私は、レンタルビデオ屋を探しまくったのですが
(市内38店舗。たしか。当時の市内レンタルビデオ店のおよそ8割くらいは回っていたはず)
これがどこにもおいてない
置いてないとなるとみたくなるものですが、自転車による行動半径では、片道3時間が限界
それゆえ、社会人になるまで「弾丸特急弾丸特急」と口走るざまになるのです
タイトルは知られているけれど、ほとんど見た人がいないという意味では、地元のローカル性を加味しても、ほぼ全国規模の状況だったのではないかと思います。
で、いい加減忘れだしていたころ、とあるビデオ店で、当時付き合っていた彼女が得意げに持ってきたのが
「弾丸特急ジェットバス」

「フレッシュゴードン」
ゴードンは手元のビデオの劣化が激しく、見たいみたいと言い募っていたもので、当然二本とも借りて帰りました
「フレッシュゴードン」鑑賞中殴られることにはなりましたが。

そして、なぜこの映画が敬遠されたのかわかった今となっては



どうしてもシネスコサイズでみたくなり



今度は「シネスコ弾丸シネスコ弾丸」といささかごろの悪いことをつぶやいていたのですが
世の中DVD時代となり、これは日本でもプレスされるのでは? と期待感が高まりましたが


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結局輸入するはめになりました


ちなみに現在も、アマゾンで中古VHSを購入するか、DVDを輸入する以外に見る方法はありません。
ニコニコとYoutubeに断片的なものならアップされてますが。
頼みはブックオフくらいか。

日本人が見ると、多少名の知れたキャストはネッド・ビーティくらいで
「だれそれ?」
という映画ですが、さすがにパラマウント、実は本国ではかなりメジャー(大半がTVでだけど)の役者を集めた、オール・スタア映画となってます。
日本でも多少知名度が上がってきたラリー・ハグマン(「ダラス」のJRユーイング)くらいが、まあわかる程度でしょうかね。
ストッカード・チャニングも、「ザ・ホワイトハウス」でファーストレディをやってるんで、海外作品を見まくってる人は「若いなぁ」程度の感慨はあると思いますが。
トレッキー的には、DS9のオドーことルネ・オーベルジョノワ(なんかこの呼び方なじまないな。昔はレネ・オーバージョノでした。どっちも原語とは程遠い呼び方だと思いますが)が神父の役ででとります。
この人は「M★A★S★H マッシュ」でも神父だったんで、なんとなくそのあたりを狙ったんでしょう。
日本人にはわかんねえって(笑)

オールスタア映画ということで、当時のパニックものを下敷きとしている点は「フライングハイ」あたりと同じなのは容易に想像できます。
「フライングハイ」は、一連の航空機映画がベースになっていますが、この作品もそうです。

ただし乗り物はバス。

このあたりの無理やり感が私の心の琴線に触れたのですが、一般的にだめだろうその選択は
物語をざっと解説しますと
原子力エンジンを搭載した大陸間特急バス"サイクロプス"の初運行

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見るからにアラブ人

を妨害する石油シンジケート
数々の妨害にも屈することなく、無事? 初運行
(このあたりに「スタートレック」を意識した小さな笑いもちりばめられている)

しかし、運転手に大いに問題があった
かつてバス遭難事故で(すでにこのあたりが無理やりすぎてすばらしい)乗客を食ってしまった(といわれている)メインパイロットのダン・トランス(ジョゼフ・ボローニャ)
運転するとすぐに路肩によってしまうことから"ショルダース"と渾名され、窮地に陥るとすぐに気絶するサブパイロットのショルダース・オブライエン(ジョン・ベック)
かくて、起こるべくして起こった危機を切り抜けつつ、無事デンバーにたどり着くことができるのか?

というような物語でして
途中からほとんど石油シンジケートはうっちゃられてしまったり
(一応ラストにはでてくる)
パニック映画では「どうやって閉鎖空間を作り出すか」がキモになるのですが、そのためほとんどの作品は孤島が舞台であったり、飛行機、船といった容易に閉鎖状況を作り出せるものを選択するのですが
結局幹線道路を走るバスなんで、それをどう作るんだろうと思ったら、バスが止まらなくなったり
(この点「スピード」よりも早い。「新幹線大爆破」がよく元ネタとしてあげられるが、ひょっとするとこっちなんではなかろうか)

だめなアイデアといいアイデアが交互にやってくる

そんなせつなさ満載の展開がぐっときます。
いや、一般的にはだめなのかもしれませんがね。
音楽も「2010年」を手がけたデヴィッド・シャイアということで、これまたサスペンスフルでありながら、突き抜けた笑いに見事にマッチしているし(後年「2010年」をやることになるとは、サイクロプス発進シーンに音をつけているときは思いもよらなかったと思いますが)
とにかくパニックものコメディとしては、水準以上の名作、と呼べる作品なのですが
難点がひとつ。

とにかく人食いネタがおおいのですよ

実はこの話にはちゃんとした裏がありまして
まあ、欧米の遭難には人食いがついて回るのは周知のことかと思いますが
(うそでないよ。チャップリンもネタにしているくらいだし)
ブラックな笑いを求めるとき

遭難→人食い

というのは、ポピュラーなネタなんですが
この作品が発表された時期1976年に先立つ1972年
ウルグアイ空軍機571便がアンデス山脈に墜落する、という大事故がありまして
これだけの事故にもかかわらず、16人の生存者があり、奇跡の美談としてマスコミにも大きく取り上げられたのですが
のちにこの生存者たちは、事故死した仲間を食っていたということがわかり、別の意味で話題になりました。
彼らはその行為を聖餐(聖体拝受)になぞらえることで、生きるために人肉を口にすることを正当化していくのですが
マスコミは当然、こうした事件をセンセーショナルに、かつ大衆向けの娯楽として歪曲、偏向報道を行い続けたのですが
実際には、生きるためにやむを得ず仲間を口にした苦悩と、信仰との間に生存者は板ばさみになり、教会も彼らの行為は教義に反しないとして(人を食うことよりも、自殺することのほうが罪悪だから)、カニバルの歴史の中でも、一度人肉食を行ったにもかかわらず、奇跡的に正常な社会生活を営むことができた、という美談なのですが
(私が、自分は無信仰の癖に宗教を否定しないのは、信仰によって立ち直ることのできた、こうした事例を知っているからでもあるのですが)
なにしろ、近代における、事実報道されたカニバルであるため、話題性は抜群です。
「アンデス地獄の彷徨」といった興味本位のみの作品や、劇映画「生きてこそ」、興味本位を期待してみると、あまりにもせつない実録もので、本気でいやなものを見た気にさせられる(見せられてるんだけど)「アンデスの聖餐」など、劇場作品も次々と発表されていました。

話を戻しますと、つまりこの映画が公開された時期、遭難とカニバルというのは、まだまだ旬のネタであり
不謹慎なほど大衆が飛びつくのは、マスコミがそうした話題を過剰演出することからも明らかですが、この映画も明らかにその線を狙ったブラックユーモアなんですよ。
それゆえ、不謹慎ネタを忌避して常識ぶる日本人としては(まあほんとは穢れの意識もあるんですが)この映画はあまり日本人向けとはいえないのです。
ただし、ネタを「バスによる遭難」という、およそありえないようなシチュエーションに変更し
更にこの映画のひどい(良い)ところは、このネタをうまく消化するために

パニック映画

オールスタア

群像劇スタイルミステリー

という飛躍をやってしまったことで
つまりこの映画、中盤はクリスティ風味の「犯人は誰か」(ほんとは「ダンはうちの家族を食ったか」)という、オリエント急行食人版という急展開(というか脱線)をみせることになります。
問い詰められている過程で
「俺は靴しかくってねえ!」←チャップリン映画ネタ
「俺は脚しか食ってねえ!」

結局食ったのかよ

みたいな展開もあって、あまりにもブラック過ぎて、元ネタになっている遭難事故からは飛躍しているため、そうした臭気を全く感じさせません。時期的に狙いどころは明らかなんですけどね。
そのダンが、命がけでバスを救うことで、「食った、食わない」の論争が消え、彼を応援するようになる流れは、パニックものの定番ですが、前提のきつさもあいまって、強烈に笑えるシーンになっています。

とにかく不謹慎なネタは抵抗がある、という人は別として、細かい笑い(酒場でダンを待ち受けるシーンでは、客は指パッチンではなく、乗客のカウンターを鳴らしていたり)と、一連の強引な展開(パニック人食いミステリー)のアンサンブルは、大変に心地よいです。
ごみのように隅っこに追いやられたビデオを発見したら、ぜひとも確保してください。それは宝です

まあ一番の笑いどころは

二両編成のサイクロプスが本当に走ることですけどね


サイクロプス発進シーン

このばかばかしさがすばらしい。
ヘッドライトがおでこにひとつ、なのが「サイクロプス」の由来のようですが
どうでもいいですねそんなことは。

というわけで、ほとんど見ることのできない映画なので、ハイライトシーンを。

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「あんたが食ったのよ!」
「誰が誰を食ったとか、そういう話はもうよそうじゃないか」

てなシーン。
スノッブで無意味にゴージャスなあたりが、クリスティ趣味で笑いを誘います

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うちのカミさんがね

というような人はそばにいませんが。
どっかで見た顔のオンパレード。

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われらがヒーローショルダース

この「がっくん」て姿勢自体が、路肩と肩をひっかけたニックネームなわけで
どうでもいいねそんなことは

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オドー

素顔はなんとなく人のよさそうな顔なんですが
結構悪役を演じることも多い人です。

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走りながら洗車もできます

こういうことを大真面目に、実際にやってこそ笑いが取れるのです
こういうのも描いては面白くない。

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石油シンジケートのボス

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バックミラーも完備

なぜか生命維持装置のような棺おけに横たわり、最後まで寝たきり
説明は一切なし
こういう突き放した笑いは好きです

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酒場で指パッチン

いえ、検札機ですけどね(笑)
ここで一人、ショルダースだけが指パッチンをしようとするんですが
(でも鳴らない)
このあたりのキャラの立て方が実に丁寧です

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サイクロプス号の雄姿

でかすぎだろ。

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くらいまっくす!

うまいこと手前の樹木で隠してますね。
こういうのはCGIで描いてもつまらない。

あと、なによりおかしいのは
あの狭いバスの中にどうやってあれだけの施設を詰め込んだんだよ
てところも突っ込みどころです。
こういう映画は、みんなで突っ込みながら見たほうが絶対に楽しい。
ひーぎーぶー
台風一過涼しくなりましたが
このまま冬になるといいよ。

オンラインコンテンツがさっぱり面白くないので、オフラインに引きこもっていたのですが
ちょっと報道とかカルト(宗教の方)とかいろいろ見ているうちに深みにはまってしまい
これではいけない
もっと軽いものを見よう


だからってなんで
「羊たちの沈没」を観ているのか



そんなわけで、今日はこれのお話です。
いつもとは順逆になりますが、エッジオ・グレッジオという監督
この人の正体がよくわからない
よくわからんといえばエロリー・エルカイェムもよくわからんですが
(あんな屑みたいな映画ばかり撮っているのに、どこから金が出てくるんだろう)
エッジオはイタリアの監督ですが、どちらかというと役者としてのほうがいい味を出している
自分の監督作に主演してしまうあたり、出たがりなひとなのはわかりますが
とにかくこの人


致命的に映画撮るのが下手


正真正銘素人全開という感じで、この映画はタイトルからもわかるとおりコメディなのだけど
くすりとも笑えない
唯一の笑いどころが主人公の名前ジョー・ディー・フォスターという体たらくで
どうやったらここまで滑るんだろうと感心するほど
これも才能か、なんぞと思うのですが
とりあえず笑うつもりで初めてレンタルしてきたときの私は軽く切れておいた

学生時代から時もたち、いいおっさんになったから少しは笑えるかもしれない、と引っ張り出してきたのですが

やっぱり笑えねえよこの映画

コメディってやつは、じつのところ一番難しいジャンルで
とりあえずゴアにしとけば需要のあるホラーとか
とりあえずまんこだけ描いておけばなんとかなる恋愛映画とか
「これやっとけばいい」という定番がなく
むしろ「これ」という定番をやってしまうと笑えなくなるという難しさがあるのですが
この映画はまったくひねりのない直球ばかりなので、笑いたくても笑えない
一見、パターンにはめて笑わせているように見えても、コメディってやつは「意外性」がないと笑えないんですよ

バスで遭難した運転手がカニバルに走った過去のある「弾丸特急ジェットバス」とか

なんでバスで遭難すんだよ
そこでなんでカニバルなんだよ
だいたい原子力バスってなんなんだよ

ようするにこういう「突っ込みどころ」を大真面目に撮る所にばかばかしいおかしみがあるんですが
この映画には、まったくそういうところがない。
基本的に「サイコ」と「羊たちの沈黙」のパロディなのですが
とにかく全編映画のパロディ
こう書くと「フライングハイ」みたいな映画なのかとおもうかもしれないけれども
ばかばかしさが足りないので、パロディ自体が笑えない
しかし、再見して気づいたのですが

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なにこのコメディ映画同窓会

ほかにもババ・スミスなんかも出ているのですが
そうなんですよ
普通パロディといえば、ハリウッド大作なんかをネタにするんですが、この映画
コメディ映画をネタにしてるんですよ

いや、同じ土俵のものをパロっても仕方ないだろう(笑)

(ていうか、この人の顔観て「ポリスアカデミー」だってわかる人はいないだろ(笑)あの当時でも)
冒頭での警官隊との撃ち合いは「ポリス・スクワッド」(裸の銃の元ネタ)だし
ラストのオチは、いたるところでぼろかすに言われているけれど、あれは「名探偵登場」なんだよね

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ま、私的にはご褒美シーンではありますが

帽子かぶってると誰だかわからんな。あごでわかるけど

まあ、もともと映画マニアに笑ってもらうために作られたようなジャンルの作品ではありますが
しかし、元ネタがあまりにもマニアックすぎる
「アダムスファミリー」なんてやられてもなあ(笑)

じゃあそんなしょんぼりなパロディばかりなのかというと

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ご褒美その2

マーチン・バルサム(本人)が出ていたり
変に豪華
そう、この映画変に豪華なんですよ。
どういう監督なんだろう。プロデュース作品もそこそこあるんで、イタリアの金持ちかなんかなんですかね?
関連作品としてメル・ブルックス作品があるんで、この人の人脈というのはあるとおもいますが、そもそもブルックスとどこでつながってるんだろう。ブルックスならこの監督に笑いのセンスがないことはわかるだろうと思うのですが。
(とはいえ、ブルックスもよく滑るんで、自分とテイストの近いこの人に親近感を覚えるのかもしれませんが)

どのくらい豪華なのかというと、シェリー・ウィンタースがノーマン・ベイツ(じゃないけど)の母親役で出てたりすることでもわかるんですが

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このパターンの笑い好きだなブルックス(笑)

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人の映画に出てないで撮ろうよ

異様に映画人のカメオが多い
もっともこの「有名人がチラッと出てきてすぐ死ぬ(この作品では死にませんが)」というのは、先にあげた「ポリススクワッド」の定番ネタなので、それを意識しているんだろうけれど
普通この手の客演は、プロデューサーの人脈とか、監督の個人的な友人だとか、生臭い話をすると金を出してもらうために出る、というパターンなんですが
ブルックスはわかるとして、ほかの人たちはなんなんだろう。ひょっとして、金が出てるのだろうか
イタリア映画界とハリウッドの付き合いは、意外と根が深いので、なにかあるのかもしれませんが、出てる監督が濃いんだよなぁ(笑)
ジョン・ランディスは顔広いし、自分も人の作品によく出るし(自分の作品にも出るけど)、友人の監督を自分の映画に引っ張り込むことも多いので(スピルバーグやらフランク・オズ)、そういう絡みかともおもうのですが

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なんという

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夢の競演!

死んでもいいですか

はじめてみたとき、このシーンだけ腹が割れるんじゃないかというくらい笑いましたが

ここは一般人の笑い所じゃないだろう

コメディ映画でこんなむつかしい笑いどころを用意してどうするつもりだ(笑)

作品中、客演の監督へのサービスシーンというか、オマージュもあるんですが
ブルックスはそもそも「新サイコ」という、ヒッチコックのパロディをやったことがあるので、ネタそのものがオマージュ
(こちらは「めまい」をベースにしたヒッチコック作品のパロディ作品で、例のシャワーシーンはこちらのほうが数倍笑える)
ジョン・ランディスは「スリラー」で、墓場からマイコーも蘇ってくる。でも、少なくとも「バタリアン2」よりはちゃんと笑えた。
ジョー・ダンテの場合、そもそもこの映画のもうひとつのネタ「ポリス・スクワッド」で監督をしている。
あれっ、ジョン・カーペンターはどれ?(笑)
(まあ包丁が「ハロウィン」といえなくもないきはしますが)

ぜんぜん面白くないのだけれども
微妙な突っ込みどころがある
やっぱり、みょーな映画です。

みんななんでこんな映画にでたんすかね?




つーかウィキペディアもこんな映画でなくもっとネタにすべき映画あるだろ




まあ、私のような人間にとっては
動くジョン・カーペンター
とかいうだけで、貴重な映画ではあるのですが。
ストイックでこわもてのじーさんというイメージありますが、存外愉快なところもある人ですよね。
だからやっぱり、人が集まってくるんだろうな。


いまさらこんなもんのDVD買う人もおらんとはおもいますが

ジョン・カーペンターマニアはやはり買うべきなんすかね。
ジョー・ディー・フォスター役のビリー・ゼインは、作り物みたいな顔の、いわゆるカイル・マクラクラン顔
この顔だけで十分存在価値のある人ですが、どうも作品に恵まれない
端正だけど不気味なこの人の顔は、スリラー系統に向いていると思うのですが。サイコパスの役とかよさそうなんだがなあ。
ジョン・アスティンをはじめとする「どっかでみた顔」の役者人は、TV役者なので、アメリカではそれなりに笑える作品なのかもしれないけれども、日本では、よっぽど海外ドラマを見ていないとわからない人たちばかりなんで、本当に笑いのツボがなくなってしまっている。
まあ、知っていたところで笑えないのは一緒なんだけど。