りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
切る
いい加減つまんないことかくのやめようと思いつつ
オナニーってなかなかやめられないよね。




動画の整理してておもったんですが。

なんとか「キル」ってタイトル、残念な映画多くないですカ?

「SFソード・キル」
「アムステルダム・キル」
「ファスター・プッシーキャット!キル!キル!」
「キルボット」
「パトカー・アダム30/ザ・ヤクザ ハワイを斬る

いや最後のはTVの編集版じゃん。

残念な映画が好物の私としては、「キル」って入ってたらやっぱみなきゃならん義務とかあるのかもしらんです。

いや、「キラー・エリート」3回もネタにはしませんよ?

実はシェークスピアを読んでいたんですが。おおっ。
いや、マビノギでハムレットやってるんで、一度おさらいしておこうかとおもって。いまさらかよ。
欧米人はともかく、日本人でもシェークスピアときくと「なんかすごそう」とか思ってしまうのですが
シェークスピアの面白さというのは、まあ内容もおもしろいんですが、これを分析する人たちの必死さが、2chとかで必死な人たちや、WIKIの編集合戦やってる人たちと通じる普遍性にあると思うんですよ。
文学の分析ってやつは、有益なようで不毛で、たとえば国語の問題なんか書いた作者本人も解けない回答を用意されている、なんてこともままあります。解釈ってのは普通、個人の数だけあるんで。

ところがそれでは納得しない人たち、偏執的に俺の解釈がマジョリティと主張する人たちってのも当然存在していて、私なんかも「キラー・エリート」の解釈はこうだろ! なんていってますが、実のところ本気で同意を求めているわけではありません。ですが、ネタ的にもそういっとかないとオチがぐだぐだになるので、断言しますけどね。

それでも、ある程度評価の定まった作品、たとえばアニメで言うとガンダムとか、アトムとか、下手なこというと環境テロリストみたいに目の色から違う人たちにリンチされそうな作品、てのは、確かに存在します。最大公約数で「これはいい作品」てやつですね。それにいらん突っ込みするのは私のような厨二病患者だけです。
シェークスピアも、おおむねそんなかんじですが、その中でもいまだに評価が真っ二つに割れる作品、というものがあります。「ハムレット」です。

ハムレットというのは、デンマーク王子の復讐劇を描いた作品ですが、ストーリーが結構あっちいったり、こっちいったりとふらふらしていてまとまりに欠けているため、他の作品は評価してもこいつだけはだめだ、って人もいます。現在主流の解釈は、ハムレットというのは人間の内面性と向き合う劇であり、そのためハムレットというのは、うっとおしいほど頻繁に自問自答しているのです。ようするに、メランコリー気質で、ただ、涼宮なんとかさんのように、少女期のヒステリー状態というわけではなく、ハムレット自身はいい年した青年なので、恋愛についてだけに悩んでるわけではありません。そんなに深いこと悩んでるわけでもないですが。

この「悩めるうっとおしい青年」という像は、当然揶揄的にも使われるため、例の"To be, or not to be"だけでなく、ハムレットで印象の深い、髑髏との対話もパロディにされますよね。


精神科医にかかるハムレットさん(空飛ぶサーカス)

この中の「ヨリックやって!」(ヨリックは、ハムレットが語りかけている骸骨の持ち主)で、これみてこの人ヨリックって名前だったんだ、と覚えました。サー・ローレンス・オリヴィエのファンとか言ってるのにごめんなさい。あの人は、グレゴリー・ペックと血まみれで絡んでいる姿とかが美しいのです。「ヘンリー8世」のもっこりとか。
マビノギのハムレットは、ダイジェスト過ぎてこのヨリックがだれなのかさっぱりわからんのですが(むしろ、名前すら出てきませんが)。ていうか、オフィーリアの狂気とかは触れられもしませんしね。きちがいってのは、ネタとしてやっぱまずいんでしょうか。ことに女をきちがいに描くと、近年はヒステリックに怒られますからね。
でも、ハムレットの主人公たちって、みんなどっかおかしいんですが。
補足しておくと、マビノギ内ではクローディアスがハムレットによって殺された後、唐突にオフィーリア死んでますが、その間に、度重なる不幸のためにオフィーリアの精神が病んでいき、ついに溺死してしまうというくだりが、すっぽりぬけてます。なので、レアティーズが妹の仇を取る、と叫ぶのは唐突に感じます。父の仇、ならまだよくわかるのですが。
視点がハムレット視点だからですかね?

内容とか、作品の評価とかは私にとって割りとどうでもよいんですが、「ハムレット」という作品は、それを消費する側の多様性という意味で、とてもおもしろいです。特に、サブカルチャージャンルにおける必死な人たち(私のような)のリアクションを見る上で、たのしいですよ。
「ハムレット」という作品は、ハムレットという、しきりと自問自答するうっとおしい青年に感情移入できるか否か、そこで評価の分かれる作品です。ハムレットの行動は、自己の内面と向き合い、対話するということなので、現代劇が目指した「人間性の描写」というのを、既にこの時期にやっちゃってる、ってことで、評価されてます。
しかしながら、そもそも自分の内面に向き合うという概念がなく、他人の批判ばっかりしている人間にとって、ハムレットというのは単にキモい男でしかありません。
評価の分かれ目は、ハムレットと呼応する何かを、消費者が持っているか否か、もっというなら、呼応する内面世界を持っているか否かということで、それは単純に、なにか作品を批評する際の基準でもあります。

俗な言い方をすれば、おっぱいに興味のない人間には、おっぱいのよさはわからない、ということです。
わからないと、人間的にだめなのか? というとそんなことはもちろんないわけで、そこにあるおっぱいはおっぱいでしかなく、そのおっぱいを受け止める消費者の側が、そのおっぱいに対して価値を感じるか否か、ということが、評価につながっていきます。
この世のすべての男がおっぱいがすきなら、その作品は「いい」という評価を受けることになるでしょう。たぶん。

かといって、おっぱいが好きだからといっておっぱいがいつも価値を持つわけでなく、たとえば、アメリカの麻薬事情を話しているのに、おっぱいは関係ないですよね。そのときのおっぱいというのはむしろ、作品世界にとっては邪魔なものでしかありませんから、いくらおっぱいが好きといっても、ネガティブに受け止められるかもしれません。
ラス・メイヤーの話じゃないですよ?

それでも

麻薬事情<おっぱい

という価値観の持ち主にとっては、その映像は価値あるものになるはずです。

ラス・メイヤーのことじゃないですよ?

そんなわけで「ハムレット」の中に、悩める人間の魂を見る人は、作品を高く評価するし、自分と向き合うことの好きな人間でも、ひたすら悩むだけで行動しないハムレットをうざい、と思えば、ネガティブな感想をもたざるをえないでしょう。
でも、そのように低く評価していても、自分自身が人生の岐路に立たされたとき、やはり行動にためらうようなことがあれば、作品を見直すことがあるかもしれません。
評価や批評って言うのはつまるところ、自分自身の内面と向き合う作業に似て、不平不満ばかりを並べ立てている人は、あるいは自分の内面に、非常に大きな劣等感を抱えているのかもしれません。

私のことじゃないですよ?

ただ、ひとつだけいえるのは「考えさせられる」作品というのは、そこにあるテーマにただ共感して、それをコピペして貼り付けて回ることでなく、作品が持っている本質的な何かに共感し、そのとき自分自身のいき方や行動に疑問や軌道修正をうながされるような作品のことだと、私は思ってます。

格式ばかり高くても、しょうがないんですよね。
あと、やたら悲惨な戦争とか描いたりとか。
暴力描写を正当化するために「テーマ」という錦の御旗を振るのは常套手段だし、それを鵜呑みにしたってべつにいいんですが、ああいうのをみて、「戦争はいけないとおもいます」と必死で力説するのはいいんですが
いけないからなんなのか、なくせないのか、なくすためにはどうすればいいか、なくせないならどうするのがよいのか
そこに発想が飛ばない人っていうのは、考えさせられる映画を見ていたとしても、考えない人じゃないですかね?
考えさせられます。

oni01.jpg
いい年したおっさんなんだからエロアニメとかとは決別しような

と、この作品を見て考えさせられました。
ハムレット級じゃないですかこの主人公。

えっまじで?
さざーんくろすろー
どうもおもしろいことがかけんなあ。だからだらだら長くなる。

ひさしぶりにAEさんのネタが暴走していますが
AEさんはちゃんと「知らない人が読んでもわかるように」丁寧に書いてるんですけど
うちは「わかる人だけが笑えばいい」というなげっぱなしなブログなんで

内山亜紀のミルクのみ人形

ネタを振られたのかっ!?
とかいう勘違いだけして終わっておきますね。
いや、人のサイトネタにしてると楽だけど、どんどん自分でもの考えなくなるから(笑)

なので、映画業界の話をしておきましょうか。
邦画ってのは、いわゆる角川映画がヒットするまでは冬の時代でして
寅さんと怪獣とヤクザがなんとか客を呼べる、というていたらく
そんなわけで、実は斜陽の映画業界を陰で支え続けてきたのは、怪獣たちでもあったのですが
(といってもそんなに利益でてたわけじゃないらしいですが)
そんな特撮の歴史の中、一応「あたった」とされるのは、ゴジラと一連のそれ、ガメラくらいのもので、一般的な知名度も、そんなもんでしょう。
あ、大魔神もありましたねごめんなさい。
しかし中には「宇宙大怪獣ギララ」(松竹)「大巨獣ガッパ」(日活)なんぞとありまして、これらは一連の怪獣映画のヒットに「うちもなんとかしたいけど特撮がなぁ」なんてことをいってたら、ガメラがヒット。「こうしちゃおれん、とにかくどうにかでっちあげるんだ」と日活がガッパを放つと、松竹がギララって具合に、いつの時代もまあ「他人の尻馬に乗る」ばかりの体質ってのはかわってないんですが


3匹目の泥鰌はいないのも不変の真理


今はマニアの記憶にのみ残る映画となりました。
特撮オタさんと話すとき「ギララってなんですか?」なんて振ると、そりゃあもう3時間くらい語ってくれて楽しいですよ。聞いた内容1パーセントくらいしか覚えてないけど。
もっと話が聞きたい人は「川崎実って誰ですか?」て聞いてみよう!

実はこの背景には、怪獣映画の輸出、つまり外貨獲得という含みもあり、政府がてこ入れしたってお話もあるんですが、どっかで聞いたような話ですね。気にしないようにしましょう。
この海外輸出政策が、のち海外の怪獣マニアを産むことになり、日本ではブームが過ぎ去って久しいころになって、かつてそれらの怪獣映画で育った世代が、つぎつぎとエピゴーネン……というのはひどいなっていうかむしろ原形をとどめていなかったりするので、リ・イマジネーションとしておきましょうか(笑)、を生み出すことになります。

そこで「空の大怪獣Q」にふるのか?

いやいやいつもコーエンには頼っていられませんので。
ゴジラが失速し、ガメラが失速し、TVではウルトラシリーズも失速し、その影響で巨大化した特撮ロボットたちも失速し、その後継者は、細々と「ロボットアニメ」という形で独自の道を歩み始めるのは周知のとおり。
この失速の背景には、じつはオイルショックと呼ばれる経済危機も絡んでいるのです。
若い方はよくわかんないかもしれないですが、ようは「石油がなくなる」というお話で、ガソリンは馬鹿みたいに値上がりし、主婦は狂ったようにトイレットペーパーを買い込むという、かなりいかれた時代があったのです。
石油が高騰する、ということは、火薬や灯油を大量に使う特撮番組は、制作費の肥大化、という火種を抱えてしまうことになります。
そのため、特撮番組はできるかぎりバンクフィルムを使い、制作費を抑えるよう努力し、それまで主人公だった怪獣たちを、あえて脇に落とし、主人公たちのドラマ(割と安易に恋愛とか)を中心に描くという試みがなされ、皮肉にもそのことが、子供番組の質を高める結果になります。質って変な言い方ですよね。子供が喜ばないのに、高まった質っていうのはどれのことをいうんだろう。

ま、その結果子供に飽きられてしまい、特撮も冬の時代を迎えるのですが。

それと入れ替わるように現れたのがそう、「ヤマト」です。
アニメブームのはじまりです。
しかし、水を差すようでなんですが、放送当時ヤマトなんてみてるのは私くらいのもんでした。
ヤマトブームが来たときは、スタートレックにはまってました。ええ。
その後ガンダムブームが来るのですが
ガンダムも私以外だれもみてませんでした。ええ。
ブームが来たころは、ホラー映画にはまってました。
実際に「ブーム」と呼ばれるころになるまでには、かなりの空白期間があるんです。今みたいに即時性のメディアがないですから。
その後本格的なブームになり、イデオンとかも映画化されます。
やっぱり本放送は私くらいしか見てませんでした。
ガンダムは小学生18人で見に行きましたが



イデオンは友人と二人連れでした



破廉恥な男たちと呼んでくれていいよ。
それでも「これからの時代はアニメだ」と、映画業界は思ったわけですよ。
懸命な皆さんは、もう結果はお分かりですよね?
結局ガンダムやヤマトが特殊だっただけで
ほかはぱっとしませんでした。
誰だ今「オーディーン 光子帆船スターライト」とかいったの湖川友謙にあやまれ!

「劇場作品はだめだ。かねかかるから」
やっとそこに気づいた業界は、すでにアニメ業界が次の段階に進んでいたことを知らされます。
OVAです。
家庭用ビデオが普及し、それが商売になるかもしれないと踏んだアニメ業界は、ファンの足元を見た高額なソフトを、内容は残念だけどスタッフがすごいことを売りにうりまくるのです。
すみません。モーションコミックかってました。
いのまたむつみのTシャツプレゼントでもらいました。しまったバックナンバーとか見られると一生の恥だなそれ。
でも、いとこにとられました。
いや、いのまた作品って私ちゃんとみたものひとつもないんですけどね。
そしてそのころ底辺で鳴動していたのが、世に言う「ロリコンブーム」です。
カリオストロのクラリスも、当時はロリの範疇だったんですよ?
→にあります「黄昏通信」は、そのころ私がリスペクトしていた(「そのころ」っていうと今は違うみたいでアレだな。今ももちろん大ファンですよ)田中雅人氏のブログです。「キラー・ゴースト」とか「黄昏通信」は、B級ホラーやSFファンにとっては宝物ですよ。ニキビの浮いた白人女がヒロインでなく、ちゃんと日本人のかわいい女の子がヒロインってとこも重要です。

さて、懸命なホームズ君はもう感づいてらっしゃるのではないかと思いますが
OVAって、おもったほど利益にならないんだよね。
結局「ファンしか買わない」んで、われわれのようなおっさんが、過去のそういった作品を持ち上げて自分の青春を美化する道具として使うくらいで、大半の人が今見ても、つまんないとおもいます。
やはり、不特定大多数に売らないと。
それはなにかというと

エロ

既にこのころ、パソコン通信(インターネットじゃないよ)では、細々と絵のコミュニティなんかも形成されはじめていたのはまた余談。つくりものじさんなんか、そのころからずっと活躍されてる方ですよ。あれだけ絵柄が変わらない人も珍しいけど。
ここで活躍していた人たちが、初期のエロCG描きになるわけですがそれはおいといて。

エロアニメについては既に、AEさんが何度も書かれているので、うち覗いているような方には釈迦に説法ってことで、軽やかにすっ飛ばします。
まあくりいむレモンやレモンエンジェルといった、十八禁から十五禁のレーティングアニメが生まれ、これが下半身も手伝ってバカ売れするわけですな。まちがいなく、家庭用ビデオの普及に貢献しているはずです。うん絶対。
その後、エロ描写に異常に気合を入れた「リヨン伝説フレア」とか「淫獣学園 La☆BlueGirl」なんかは海外でもそこそこあたり、HENTAIの名で親しまれていますよね。
素材がエロっていうのはワールドワイドですから、言葉は要りません。世界は一つだと実感できる瞬間です。
いやあでもさあ。欧米のポルノって、なんか「うー、うー」とか演技過剰にわめいて、顔がなんとかゲルゲみたいじゃないですか。あれ萎えるよなあ。日本人みんなそうじゃないか? また私だけ変なのか?

ま、そういう例外はおいとくとしても、基本ちんこは世界言語なので、エロをやってればおおはずしはしません。「ロリータアニメ1雪の紅化粧/少女薔薇刑」だって、そこそこみてるでしょうよ。うん。
いや。私絵にはこだわるんでみなかったですけどね
くりいむがゴジラだとすると、淫獣学園とかなんか、そのへんがガメラなんでしょうか。海外無修正サイト的にはたぶんそれで正しいと思いますが、やはりにっかつがやっちまうのです。

ロリータアニメ3本同時発売

今もそうですが、この当時は本当になんもかんも手作業なので、どんだけ無茶振りすぎるでゲソーッというあたり、おわかりいただけるとおもいますが
案の定発売は延期
というか内山亜紀原作ってさすが日活、やるとなれば半端仕事はしない
まあ個人的には少しは商業的なことを考えたほうがよかったと思いますが

lo01.jpg
「内山亜紀のミルクのみ人形」

なんか内山絵っぽくないですが、この人もともと画力がすさまじいんで、絵柄の幅って広いんですよね
私、この子なら抜けます
これは3本目なんですが、辛うじて実用レベルなのはこの1本。
テーマはマン毛
(そこは「思春期の少女のうんぬん」とかいうべきなんじゃないのか)
あそこにマン毛が生えてしまった女の子が、レズプレイやなんかであっちの世界に旅立っていくストーリーで
こうかくとわけわかんないですが
ほかの2作品はもっとわけわかんないです
全編シュールな映像と支離滅裂な展開で、ただひたすら少女にいたずらするだけなんで、見方を変えればSFとして十分通用します
(内山作品全般に言えることですが)
ただ、ここに登場する女の子は大半がおむつをしているため



いや、そこはさすがに購買層を限定しすぎてるんじゃないか?



内山漫画が「そうだ」といわれればそれまでなんですが
企画通す前に踏みとどまれよ、このま和歩とかいるだろうってそれじゃ「超次元伝説ラル」になりますが。
歴史にifがゆるされるのならば
アグネスが大暴れしている今なら、メガヒットしたかもしれない
その前に後ろに手が回るかもしれませんが
もしこれがヒットしていれば、歴史は大きく変わっていたんですよ。
ぱんつ航空団だってきっと






stp07.jpg
ああエイラは癒される。声込みで




おむつだから恥ずかしくないモン



ストおむ。
語呂悪。
ってストーム? むしろいいのか語呂?
ま、ご想像のとおり。

日活は今はエロアニメはやってません。

過去の事例から少しは学ぼうよ、という説話でした。
宇治拾遺物語の中にもあるよ!






えっ?






ごめんうそじゃよ。


実はこの時期のエロアニメやロリコン漫画と称されるものが、異常にシュールだったり、ファンタジーやSFの体裁をとっているのは、まず「ちんこ以外のものが刺さっているなら問題ない」という、映像倫理の表現上の問題があったりするのです。触手ってのは、それで発展したジャンルなんですね。
もうひとつ、性行為そのものを描いてしまうと、かなりの確立でだめだしを食らってしまうため、内容は激しくても、ギャグやシュールに逃げることが、規制を食らわない唯一の方法だったのです。
後年それは、セックスを売りにしているのに純愛を売りにしたゲームへと逆説的に受け継がれているのですが、純愛とか泣きとかいう言葉は自分の行動を振り返って言っていただきたいものですよね。
エロってのはもともと、言い訳と欺瞞に満ちているのですよ。リアルでも。
亜美シリーズやエスカレーションがなぜ特別な扱いを受けるのかというと、こういう手法に逃げずに、真正面からレズビアンや近親相姦を扱ったからで「何日子の死んでもいい ~いけにえの祭壇~」はどうなんって? いやははは。
実はくだんのアニメがああなのは、当時大人が読むエロ漫画、つまり劇画ジャンルのエロ作家にロリータものを書かせ、一般のオッサンの懐から金を出させようという試みがあったんですが、オッサンは金を出すなら裏ビデオを買うし、アニオタはそもそも劇画で抜かないので、3作目はああなってしまったんです。
市場をつかむって、大切な事なんだね。
これはAEですか?
AEからいらしたみなさん、はじめまして。こんばんは。

AEからいらしたみなさん、それではごきげんよう(笑)

なんだろうねこの感覚
アドレスからも、えろそうなコンテンツが期待できるから踏んでみたら獣姦ものだったみたいな
わかる、わかるよその気持ち!

ちなみに
>ま、それはそれとして
>スタッフの名前でその番組を見るか見ないかをきめていたりするので私もダメなんだと思います
ペキンパーだのコーエンだの

おまがゆーな

というエールなんですね。
つまり、「一杯どうよ」てやつ。さすが飲み屋のマスターってかそれはエール酒だ。
皮肉の聞いたご紹介をありがとうございます(笑)

どうでもいいですが
「獣人雪男」も
「ノストラダムスの大予言」も
当家にあります

若気の至りっていうのは誰でもあるもんなんだよ

つまり今でも俺様若いってこと? イヤッフウ

ま、私丹波さんのファンなので「ひゅーまんびいんぐ!」という熱い叫びと
納屋吾郎(アナウンサー役なのでジョン・クリーズかと思います)が見られればよかったんですけどね。
なんか、通販で裏ビデオ購入したよりも残念感があるのは間違いないです。


あれっ、DVDでたんじゃなかったっけ。

「幻の湖」と勘違いしたかな?
ま、「被爆したら人食いになる」みたいな描写に怒るのはわからんでもないですけど
この映画を真に受けるやつは、少なくとも今の世にはいないだろ
ちなみに、このころから丹波さんは神がっていらっしゃったので
あの演技はマジです。

で。

まあ「定番」てのはありがたい話で
最近はAEさんも「幼女がっ」「萌えたっ」をあまり見かけなくなりましたが
うちはさあ、ロボ子はいいよ、好きだし。よそ様のサイトでまでネタ振られるのは自分でもどうかと思いますが
でも身内のかたがた、いっときますけど


人食いとゾンビと聞くと私を連想するのはやめていただけないか


いちいち振られるネタに返す自分もどうかと思いますが
で、タイトルネタの「これはゾンビですか?」なんですが。
冒頭のあまりのしょぼさにがっくりきて、そこで見るのをやめてしまっていたんですが
だってそうだろ、「俺ゾンビっすからー」まあそれはいいんだ


猫は無事じゃすまないだろ


これ書いたやつはギャグのセンスすらない馬鹿だ、と思って見るのやめてたんですが
(あそこなら、通行人から「ねこー!」と突っ込みはいって「そっちかよー」と声がフェードアウトして飛んでくほうがまだマシだとおもうんですが)
友人から聞いたところによると、あれはアニメオリジナル導入らしいってことで


結局アニメのスタッフがだめなんじゃん


ま、そんなこといいつつも結構だらだらたのしんでみてました。ええ。
今の書き手ってむつかしいよな。すぐにネタが割れたり、どっかで観ました感がついて回るから。
私の学生のころだと、堂々とパクっても問題なかったのにね。
まあ

TV番組は堂々とアメリカのバラエティぱくってたりしますけどね

のみならず、ネットのネタ(しかも風化したもの)をパクるってのはどうなの。
そんなんでえらそうなこといってていいの。

ってあれ。なんかIMEなおってる? ゴキゲンだ!

気分がいいので「けいおん!」ネタをはっておこう。


梓つかまっちゃうのか(笑)


サラダの日

いつもおもうけど、なんでサラダなんだろう。
犬に脳移植されたスパイもテディ・サラダだったよね、たしか。

でまあ。誰もついてこなくてもやる。それがうちのクオリティなので
このすばらしさをわかっていただけないのは悲しい!
だから!


「キラー・エリート」名場面集

てか、ラストシーンなんですが。

ちゃんと解説しましょう。
※冒頭
宿命の対決! いわゆるラスボスとの対決シーンです。
映画的に盛り上がるところですが、いきなり射殺ってあたりに、ペキンパーのなげやりさがうかがえます。
編集で、同時進行する複数の状況をまとめ、包囲網が縮まっていくさまを見せるのはさすがです。
丁寧に階段おちしていくところも。
「気分はどうだい?」
そりゃ「こんな映画出るんじゃなかった」でしょうよ。
あれっ、屑映画のえらい人は、撃った人をホプキンスっていってるけど……、一発目はそうか? とどめがカーンなのか? もうどうでもいいけど

※ついに死のダンス
襲い来る忍者軍団!
迎え撃つジェームズ・カーン、ボー・ホプキンス、バート・ヤング!
(マコ岩松は「見てる」)
うなるウージー! ってまたIMEおかしなったな! カナロックせんとつかえんわ…
いやそこじゃなくて。
包囲がまるで意味を成していない忍者軍団! こんな緊張感のないラストはじめてだ!
ここで「演技じゃない」苦笑いを浮かべてるカーン。てか、せめてカンフーつかってやれよ
(松葉杖で殴るけど)
人質になっていたマコの娘もいつのまにか参戦。
主役たちの「どうでもいいよもう」って態度はどーみても演技には見えない。

※しょうげきのラスト
全部終わってから思わせぶりに現れるマコ。全然戦いに参加していなかった忍者マスターも登場。「決着は俺がつける」
ヤングはいきなり銃口を向ける。これが普通のリアクションだろう。きっと脚本にないよねこれ。
ていうか、もう決着ついてんですけど……
すべて終わってから、二人が斬りあうことに何の意味があるのか。なんかできの悪いジャンプの打ち切り漫画の最終回のようですが、バイオレンスの巨匠が監督です。
まあ、さすがに日本人らしく、マコの構えはかっこいいです。ていうか、相手の忍者が普通にだめなせいもありますけど。
後ろから袈裟懸け。ギャー。
倒れている背中から串刺し。ギャー
情け容赦ねえなあおい

いかがですか。
映画って、ほんとにいいもんですね。
これでペキンパー理解されたら私切れますけどね

複数のカメラを用いて、高速度カメラを使い、スローモーションで見せながら、同時進行している場面を交互に挿入する。つまり、観客はめまぐるしさに混乱することなく、それでいて、今この瞬間に同時に起きていることをきちんと理解できる。
この演出法というのは当時の映画関係者にも衝撃を与え、手法だけで言うなら「マトリックス」はその正当な後継者なのですが、きっと「キラー・エリート」好きだよなぁ彼ら(笑)
この手法、最近はCGIをつかって、逆に早回しで観客に頭を使わせないよう状況を流していく手法に換わるのですが(観客がぼーっとしてる間に場面が移るので「なんかすごいのみた」と思い込ませられるし、このほうが編集楽なので。ま、今はDVDなんかでコマ送りできるせいもあるんですけどね)
あと、スローモーション使うと冗長とかいわれちゃいますしね。鳩飛ばしたら冗長じゃないみたいですけど。

で、現在この手法、じつは日本のアニメに濃厚に受け継がれているんですよ、映画より。
日本のスタッフの育成過程にも原因の一端があると思いますが、基本的に頭からはいっていくので、ひととおりこういう演出論、みたいなものを学んでから入るので、悪く言えばテキストどおりのことをやりがち、ということもあるのではないかとおもいますが
大きな要因としては、アニメってのは本当に自由な絵作りができますから、頭の中のコンテをそのまま画面に焼き付けることが可能なので、映画で複数台のカメラつかってやる作業を、一人の頭脳と複数の絵描きでこなしちゃえるんですよね。
なにより、今の主流って「よくわかんないけどなんかとたたかってい」るので、ペキンパーの演出はうってつけなんですよ。
音消して、絵だけを目で追うと、勿論ものによりますけど、アニメのコンテのすばらしさってのがわかるんじゃないでしょうか。状況を整理して観客に伝えるために、じつにうまく有機的につながってるんですよね。ま、作為的というか作為そのものの絵作りから「アニメ的」なんて揶揄もありますが、的も何もアニメだしな。
これ、カメラでやると、はんぱない労力と、はんぱないセンスが必要になります。
その労力を惜しんで、テキトーなとこへ逃げてる映画制作側の人間はぶっちぎりでほめておいて、アニメはアニメってだけで斬って捨てるのはなあ。なんか納得いかんのです。私自身は映画寄りの人だけど。

ああそう。
enj05.jpg

WEB恋姫を運営しているガマニアが、またやってくれたようです。
なぜいつもこう斜め上……

コラボなんだからね

タイムリーだったので、張っておきました。
だめだろ、このコラボ(笑)
バナー観て腰抜かすかと思いました。
つーかこのゲームネタにするの忘れてましたが。
オンラインゲーム唯一じゃないかとおもいますが


ぱんつ履き替えることが可能なので

ああ……ゲームがもっとどうこうだったらマビノギから乗り換えるのに。
そうそう。


ネクソンはほんとだめな運営だなと今回だけは心から思いました。


あのイベントは、普通にだめだろ。
(ネタなら追記で書いているわけない。というか、そこで追記するような告知ではネタとして片手落ちだ)
ゲームなんかしてませんよ
enj05.jpg
本当です

しかしなんなんだろうなあこの異常
友人も「私もなるよ」なんていってたけど
常時この調子でなんともないのか
ていうか

あのひとはブログとか更新してないもんな

もともとテキストベースの人だし。

で、昨日は誰もついてきてないペキンパーネタでぶっちぎってしまったので
(自覚はあってもやめない、それが厨二クオリティ)
ちょっと世間に迎合してみようと妹アニメをみてました

oni01.jpg
残念なオチかよとかいわないで

実は、絵柄が好きだったので、俺妹は全部見たのですよ。
でも、最後までさっぱりおもしろくなかった。
ああいうのは共感あってこそだとおもうけど、私アニオタライフってぜんぜんおくってないからなぁ
なんかうちの学校って、図抜けたマニアとかおおかったけど、みんなステルス機能もてて、一般社会でも適応できる人がほとんどだったから、ああいう青春とかなかったし。
なにより、とらのあなできたの、私の学生時代ですし(笑)
私、なんかああいうとこいくのこわかったんで、いまだにいったことないしなあ。仕事なら平気でいくくせにさ
なにより、桐乃って萌えないよな。かわいいとはおもうけど。
ラストでくろぬこさんのまんこで視聴者吊り上げますみたいなフリもありましたが、2期は厳しいって自覚あったんでしょうかね。桐乃では。

で、そっちのはなしではなく。
「お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!」ってこれ本当にタイトルなの? と最初思いましたが
正直言って絵柄も好みではなかったし、なによりアレのでた後なんで「二匹目のどじょうか」みたいにネガティブな見方をしていたせいもあって、1話終わった時点で「だめじゃん」と思ったんですが
友人からも「見切りつけるのあなたいつもはやすぎ」とつっこまれていたし、なにより1話の時点でぼろかすにいっていたイカ娘にコロッとはまったこともあったんで、一応見てみようと思ったんですよ

これは傑作ではないのか

いや、言い切ってしまうのは早いですが(笑)
優柔不断な馬鹿兄貴に惚れてる妹、まあ、ここまではどーでもよかったんですが
女のネガティブな部分を一身にまとったようなダークヒロインの登場

one02.jpg
あいむ・よー・がーるふれんど、るーく(性的な意味で)

彼女の登場で、実は変態に見える妹も、本当は「大好きなおにいちゃんを自由にできる」というイニシアチブが性的なものである、というだけで、実はそれがままならなくなると普通の女の子に戻ってしまう(行動はアレだが)というあたりのキャラクターの描き方の巧みさとか、これ原作も相当おもしろいんちゃうん? とか期待を持ってみてしまいそうなかんじで

まあ、最終的にはうやむやに逃げてしまうんだろうけど
(スクランみたいに)

恋愛がらみのものは、ジャンルがたとえコメディでもね


俺たちの戦いはまだおわらない


みたいな終わり方しちゃいかんとおもうんですよ。
そして後日譚とかいって、変に大人になりくさった主人公たちに3行で人生とか語らせたらもう負けです
まあ、1クールで決着つくとはおもえんのですが
せいぜい血みどろの争いをしてほしいものです。くっくっく。
あれ、OPもうひとりいるな(笑)

何より、この手の主人公はほんっとーに状況に流されるだけのエロゲ主役なのがわりとみてて腹立つのですが(京介とか。そしてええとこだけええかっこしようとする)
ギャグ漫画というジャンルの表現を超えた


エロ本との熱い決別


リドリー、「ブラックホークダウン」とかで世間に迎合して賞とろうとするより、これを監督しようよ!
いや実際女の子には勝てないんだけど、それでも戦い挑んで敗れる、なにより


まんこ<愛(妹)


この兄の姿には、なにか真実が見えてこないかこの童貞野郎ども!
ちなみにソープはカウントに入りませんから。ソープで卒業して以降音沙汰なしの人は、もれなく魔法が使えるようになります。
君たちに足りないものは、このストイックさです。ストイックであれば、エロゲーを収集していたって問題ないのです
自分の部屋に彼女連れ込んだとき「なにこのエロ小説の山!」とか突っ込まれた私のことじゃありませんよ。ええ。もちろんいつものように、正々堂々と論陣をはりましたとも。おかげで彼女も立派に「ジュスティーヌ」くらいなら読めるようになりましたから。
言い訳が上手ならそれでいいのです。


えっ?



ちなみに私の中での彼女の声は

oni03.jpg
ジェームズ・アール・ジョーンズです。

フォースだ、フォースを使うのだ兄よ。
(勿論声はアレック・ギネス。ユアン・マクレガーでは萌えない!)

よくみたら監督元永慶太郎じゃん。
っていかんいかん、スタッフで作品見るようではいかん!
終わったら全部チェックしようと思います。

さて、「ワイルドバンチ」でも観るか。
(厨二は懲りない)
お兄様は堕落しました。
お前はR・デコか。




むつかしいボケ方をしてすみませんでした。


なんか頭痛いので

enj01.jpg
すごくやる気がないのですが

enj02.jpg
最近アニメしかみてないので

enj03.jpg
映画でもみようかと

えっ?

軍師袁術…周泰より国滅ぶよ…
黄色ってことは既に仲皇帝なのか。

でまあ、初心に戻ろうと思いまして
さきほど「SFゾーン・トゥルーパーズ」を見ていたら不覚にも寝てしまいましたので
ここはやはり、自らになんかいろいろと課さねばなるまい、と一念発起し

「キラー・エリート」を見てました。

えーと。
ついに狂ったかと突っ込む方もいらっしゃるかもしれませんが、いたって正常でございますよ。
ペキンパー信者にとっては、香港からどっかに渡った人と同じくらい禁句な作品ですが
信者でも笑いをこらえるか怒りを抑えるかの2択しかないという
ってまたIMEが暴走しだしたな、今度はもう再起しても直らん、まあがんばろう
で、そんな作品をわざわざ見るってそんな自虐的なと突っ込み入りそうなかんじではあるんですが
ちょっと思ったことがあったので、自分の目で確かめてみようと。

実はこれを見る前「ケンタッキー・フライド・ムービー」をみていたのですが
あれのほぼ1/3くらいの分量がある、超つまらないカンフー映画が、まんなかへんにありますよね
ありますよね、ていうか、あるんです
一連のブルース・リーもののパロディで、なんだかよくわからない組織と、なんだかよくわからない主人公、なんだかよくわからない悪の首領が、なんだかよくわからないもののためにたたかっているという、リーもののぐだぐだな脚本を馬鹿正直にまねしたものなんですが
いや、リー先生はいいんです。あれはリー先生の足に萌える映画だから。そういやグリーン・ホーネットがどうたらいうてますが、ま、どうでもいいですねそんなことは。

で、この劇中劇、最後は夢オチというひどいオチで、いかにもZAZらしい投げやりさがしびれるのですが
(「やっぱりおうちがいちばん!」というオチはもちろん、「オズの魔法使い」)
リー先生の映画は、リー先生と悪の首領が記憶に残るだけで、あとなんにも残らないというのを見事にぱくった(見事っていっていいのか)そんな作品で
ようするに、好きだからこそああいうぐだぐだなテイストまでまねしてるんだとおもいますが
ひとつにはやはり「あのクンフーたらいう世界がよくわからない」という、思想的なアレとかソレもあるんだとおもうんですよね。
鉄の爪で壁を引っかくと、なぜか壁が流血するくらいの、わけわからなさなんだろうとおもいますが
この点、ジャッキー・チェンが世界的に愛されたのは、比較的無国籍なネタを扱うので(初期の作品でも、復讐劇の体裁を崩しませんし)とりあえずこいつらの立場とか、国籍とかはよくわからんが家族が殺されたんだな、と、わりかし強引に自分に納得させた上で

ストーリーはおいといて

アクションに集中できたからなんでしょう。
リー先生が、神とかカリスマとかにならざるをえなかったのは、本人のカリスマ性もあるっちゃあるとおもうんですが

映画がなんだかよくわかんない

ということも、あったんじゃないでしょうかね。
いやま、ストーリー説明しろっていわれればできますけど、なんでショッカーが世界征服のためあんなまわりくどいことしてんのか説明しろ、いわれてるようなもんなんで、すごくやりたくないですが

話があっちゃこっちゃぃってますが、別によってるわけでなく、いつもよりもさらにひどいのは、IMEの変換がまた激しく壊れて直らないんで、uyg@)4tthsこんなふうになるんで、同じことを何度も何度もかかされるんで

校正とかすんのだるいからなんすよすみませんね

で、そのリー先生の弟子にはいろんなひとがいますが、弟子にして友人のスターリング・シリファント、脚本家です、こないだちろっとネタにしたので記憶に引っかかる方もいらっしゃるかもしれません、「タワーリングインフェルノ」などのパニック映画の脚本書いた人です。
そのシリファントが「やっちまったの」のがこの「キラー・エリート」なんですよ。
師匠にして友人のリー先生があんだけうけているし、あんな簡単なものなら俺にも書ける、とおもいこんだんでしょうかね。ぶっちゃけ脚本なんてものはどうでもいいんすよああいう映画は。たいした才能もないのに、脚本家として成功しちまったあのひととかあのひととかと同じ末路を、彼もたどるわけですが

ポール・バーホーベンに謝れ!

(意味不明)
ま、映像作品てのは、邦画やアニメはまだ、家内手工業的規模でやってることもおおいんで、いい意味で脚本家のカラーが作品牽引するってこともおおいんですが
ある程度の規模の作品は、成功するにせよ、失敗するにせよ、結局はそれぞれの分野の人がどのくらいがんばったか、なんで、だからそれを統括して切るべきは切り、撮りなおすべきは撮りなおす作業を指示する、監督やプロデューサーってのが、ハリウッド映画とかだとクローズアップされちゃうんですが

ってあーいらいらする! こんだけこわれるともうあかんな。長文更新はもうやめやめ再起してもなおらんし。
てことでてきとーにまとめにはいりますが。

ようするに「キラー・エリート」の場合、シリファントには野心とか意欲があったんだろうけれど
まず監督がまるでやる気でない
あまつさえ主役のジェームズ・カーンとロバート・デュヴァルも乗り気には見えない
(演技ではないなげやりな仕草が結構見られる)
マコ岩松ですら、もうどうでもいいやって感じで演技をしている
おそらく彼らの中に共通しているのは

ニンジャとかカンフーという存在のばかばかしさ

マコは勿論日本人だから、現代劇にニンジャがでてくることに失笑を禁じえなかったろうし
ジェームズ・カーンにしてみたことろで、かたわにされてなんでカンフーならわなならんの? という疑問があったろう
デュヴァルにいたっては、なんで自分がこんな馬鹿の親玉なんだろうと首をひねらざるをえなかったろう

ペキンパーはというと、もともとこの人の映画って、脚本がぐだぐだ(おい)なんで、脚本そのものは「まあこんなものだろう」でやってたんじゃなかろうかとおもいますが
なにせペキンパー節と呼ばれるアクションの巨匠ですぜ
これ、間抜けな視点から見ると「アクションの巨匠が、ニンジャとカンフーを現代劇の中で描く、カコイイ」だろう
たぶん、シリファントも、これに金を出したボンクラもそうおもったろう
連中は、リー先生のカリスマってものを計算に入れていない
いや、それ以上にだ
ペキンパーてのは、日本では「最後の西部劇監督」なんて呼ばれていたように、古きアメリカへの愛情と、バイオレンスへのこだわりが特徴。モンティ・パイソンでもパロディにされていたけれど、スローモーションで、冗談みたいな血飛をあげながら繰り広げられるジェノサイドが特徴。「ワイルドバンチ」の大虐殺は、たいてい、高く評価される。なにしろ今の映画にもろに影響与えてるし。
しかし、ペキンパーの土俵というのは、たとえ現代を描いていても「アメリカ」である。
アメリカンバイオレンスの象徴は、1も2もなく銃である。その点、ペキンパーの作品は「ゲッタウエイ」でも、街中でショットガンをぶっ放すという、鮮烈な映像を残しているのだけれども、彼にしてみれば



なんでこいつらは銃に刀で切りかかってくるんだ?



というばかばかしさが、それこそ吐き捨てたくなるような苦々しさで燻っていたんじゃなかろうか。
いまはもう、サブカルの1ジャンルとしてニンジャ、カンフーは定着しているし、その世代が「マトリックス」みたいな素敵ボンクラカンフー映画を作ってくれているから、べつに銃相手にしたって勝てるじゃん、みたいな(レモ・ウィリアムスでもないかぎり無理)刷り込みがなされているんで、監督もばかばかしいとおもっていても妥協せざるをえないだろうけど
この時代はまだ、カンフーよりも銃が強いのだ
シリファントの提示したラストシーンを見て、いちばん首をひねったのは多分、ペキンパー本人だろう

「こいつらなんで刀もって襲い掛かってくるの?」
「ニンジャってそういうものなんだよ」
「銃で撃ち殺せばいいのに、なんで1対1で切りあうわけ?」
「カンフーってそういうものなんだよ」
 ↑たぶんシリファントの理解力の限界がこのへん

ほかの舞台、場面、配役なら、ペキンパーももっとアイデアを出したろうけど
ニンジャなんてきいたこともみたこともない
カンフーなんて銃より弱いだろ?
そういう観念の持ち主には、現在のアクションものにあるようなアイデア要求するのが無理、ってもんだろう。

ke01.jpg
結果こうなった

ペキンパー節で、一方的に撃ち殺されるニンジャ軍団
だってそりゃそうでしょ。ウージーの弾避けられるわけないもん。
スローモーションでこれをやられるから、本気で馬鹿にされているとしか思えない。
ペキンパーがいかにやる気がなかったのか、その証拠として、船と船の間におっこちる、という同じカットを、何度も使いまわしてるあたりに伺える気がする。演出じゃないだろう、これは。ペキンパーの感じているばかばかしさの象徴なんじゃなかろうか。
ま、スローモーションで階段転げ落ちる、それなりにいいシーンも例によってんくもないんですが、なんかこれで顔面の肉削りながら落ちていったらフルチだよなあとか、そういう緊迫感のかけらもないこと考えて見てました。ごめんなさい。
私的にはマコ岩松の若い姿が見られるお宝映画なんですが
結局「撮った監督が根本を理解していないので、アイデアを生かせないとこうなる(名匠でも)」ということなんじゃないでしょうか。
これはたぶん、カンフーとかニンジャ映画の約束事を、ペキンパーに伝え切れなかったシリファントの責任なんじゃないですかねえ。いや、ファンだから弁護するわけじゃないですが。アクション「だけ」でも見られるはずの監督が、それすらもものにできないっていうのはね。
という視点に立ってみていると、あちこちで「これでいいんだろうか」という、ペキンパーのとまどいみたいなもんが、手ごたえとしてあるんですよ。
それを確認したかったので、充実した2時間でした。

しかし、1対1のきりあいで、倒れてる人間の背中から袈裟懸けって、かっこわるいよなぁ(笑)
このカットだけでも、ペキンパーがぜんぜんわかってなかったのがわかる気がします。刀もってるときの見栄の切り方がなってないというか、「ない」んだよね。


「キラー・エリート」売り切れだよどういうわけだ

プレス数がすくな(ry
なので「戦争のはらわた」のほうで。マクシミリアン・シェル好きなんで。
しかし「きらー・えりーと」の、って書き方は、むしろ侮辱じゃないのか。売る気あるのか不安になる人が書いているらしい。普通「ワイルドバンチ」マニア向けに「ガルシアの首」ヌルオタ用に「ゲッタウェイ」
そういや「コンボイ」はあまりきかないね。ガキのころあんなにヒットしたのに。
まあ、わたしなんかだとこの書き方は、変な方向で期待を持って買ってしまうような気がするけど、それ一般向けじゃないと思う。

enj04.jpg
陛下もそう仰せあるぞ。
はいしんのもん
ああもう久しぶりに聞いたら萌えたよ背信の門!
ロブカワユス!

ま、そんなかんじで


すいませんめいっぱい風邪引いてました


さすがに体温計振り切るような状態は死ぬかと思った。
そんなかんじだったので、ごろごろ寝ていたわけですが
昼になると隣で家族がラジオをつける
おおぅビリー・ジョエルじゃなかいかナツカシスなあ
まだ歌えるなぁオネスティとか
これってやっぱ、アメリカ人の演歌ですよね?
普段聞きもしないけど、時々ブルース・スプリングスティーンとセットで聞きたくなる。
ベスト盤持ってるけど。カラオケのために買ったんで。女の子受けがいいんだよね。

というかJudasとかは受け以前に空気凍るし

差別じゃよー。

オタクとかマニアってのはキモいですが
たとえば私がよくいうように「プロレスファン嫌い」「軍オタ嫌い」とか
そも自分はもっと高尚な人間だといわんばかりのことを平気で口走りますけど
近親憎悪なんだよねようするに。
実際には軍オタだから友人づきあいしないのか、とかいわれるとそんなことないわけで
こういう書き方に脊髄反射する連中のための虫除けなんですが
でも、軍オタにしろなんにしろ、世間には必要なんですよ。いやまじで。

映画史的にフランク・キャプラっつーと、あまりマニアでない人にはなじみのない名前だと思うのですが、今日はこの人のネタで。
実は、いまでこそ大手のひとつとして数えられているコロムビア映画社を引き上げた立役者なんですよね。
結構苦労した人で、成功までには職人監督として地道な努力を積み重ね、その後はユーモアたっぷりのヒューマン・ドラマを連発、アメリカでは定番の「毒にも薬にもならない」コメディジャンルの草分け的存在です。というとこき下ろしてるようですが、褒めてます。誰からもてきとーに愛される作品というのは、簡単なようで、なかなかつくれないもんです。
キャプラはこのように、当時も、そして後にも「アメリカの良心」として、いうなれば定番映画としての地位を確固として持っているために、戦中にやったことに関しては「当時キャプラは戦争に批判的だった」の一言で片付けられています。
いやあでもさあ、本当に批判的だったら、プロパガンダ映画、こんなに撮るかなぁ? 1本2本じゃないですよ、片手じゃ足りません
極貧時代のエピソードとして「詐欺師まがいのことをしていた」と一行で済まされるんですが、この人もともと倫理観が欠如してるんじゃないかと思うんですよね。詐欺師の精神構造。外堀を理屈でうめて「自分は例外である」と、倫理を超越してしまうタイプ。私がそういうタイプなんで、同じにおいを感じるんですが。こういう人間の言う「本当は反対だった」てのは、てんであてになりませんよ。私はキャプラはそういう人間だと思ってます。

ま、それはともかく、彼がいやいや撮らされたWhy We Fightという、一連のプロパガンダ映画があるのですよ。
これは、当時の陸軍の「とにかく、枢軸国を鬼畜に描け」という指示の元、枢軸国側の映像や、ぜんぜん無関係の映像を編集でつなぎ合わせ、あたかも枢軸国の人間が人でなしのように描いたものです。
このシリーズはおおいに受け、「ゆるすまじ人類日本人」てなかんじで、若者を戦場に駆り立てるのにも一役買ったわけですが。

ika09.jpg
※イメージ映像です

この中でもとりわけ有名で、日本人でも見聞きしている人が多いのが「ザ・バトル・オブ・チャイナ」。キャプラの手腕が光る逸品で、これを見ていたら日本人皆殺しにしてやりたくなること請け合いです。
しかし、この作品、公開当初から実は「誇張や事実の歪曲が多い」という批判がなされていたのです。しかし、戦争中ですから「仏様を大事にしないやつは死ぬべきなんだこんな鬼畜な国民は皆殺しにしてもいいんだ」という、「戦争ってのは結局人を殺すものだよね」てな倫理的葛藤に「正義」の名を冠して殺りやすくした背景があったもんで、そういうまともな批判はスルーされました。ここ大事ですよね。声が大きいものが正しいわけじゃないんですよ。

wr01.jpg
※イメージ画像です

戦争が終わっても、原爆で一方的に民間人を虐殺した、という戦争犯罪を「でもこいつらもこんなことしてるんだよ」と、それは罪の量刑とは無関係でただのすり替えだろ、と突っ込み入りそうな理由で「南京大虐殺」という名前の戦争犯罪へと進化を遂げます。

私、別に肯定派でも否定派でもなく、戦争なんで、人を殺しだしたら人間どうなるかわかんないとおもってるんで、あったかもしれないしなかったかもしれないという、実にいーかげんなスタンスですが、虐殺がなかった、と主張する人たちの論理的根拠として、実はこの映画が大きく貢献しているのです。
(ただし、「民間人への」ということで、ゲリラ(便衣兵。厳密にはゲリラではなく、民間人を装った兵)の虐殺は行っている、としているのが一般的)
私自身が一枚一枚出展を当たったわけではないので、「絶対こうだ」という主張ではない、と前置きしておいて、一応否定論者の最大公約数的なものを、てけとーにとりまとめると、実は南京事件における「証拠」として提示されている映像、画像的な資料というものは二次的な利用(つまり南京の映像ではない)、どころか、大半の映像はこのキャプラの映画から引用されているのですよ。
詳しくはWIKIでも見ていただくとして、ようするにキャプラの映像というものが、いかにドラマチックであったか、逆を言えば、作為的であったか、ということです。
この手のプロパガンダ作品を見るとき、映像に編集の跡があったら、それはもう「信憑性がない」と疑ってかかったほうがよいんですよ。映画ってのは特に、前後を組み替えたり、効果を入れることで、加害者を被害者に仕立てることも可能なメディアです。それはTVにもいえることですが、ではそういう作為の跡が見えたときに「これはうそだ」でおわっちゃうと、だめなんですよ。
なぜ作為が施されたのか。
この作為は何を意図しているのか。
映画や映像作品というのは、刺激としては無批判に受け入れやすいメディアです。であるからこそ、その取り扱いというのは本来、もっと慎重であるべきなんですよ。

このキャプラの映画によって、もしも南京事件が捏造されたのだとすれば、その意図はなんだったのか、それこそが重要で、たとえば、かの国の人はその尻馬にのってさわいで、国民の目を何かからそらそうとしたり、あわよくば利益でもでんかなー、と思っているわけですが、アメリカがこういう事件をでっちあげなければならない理由というのは何か、ということです。

じつのところ、戦争なんで、わるいことしてるのは枢軸国側だけではありません。アメリカも、日本人の強制収容所でたくさん民間人を(間接的に)殺してますし、スタートレック役者として、変な日本人としてもはや定番のジョージ・タケイも、そのキャンプに投げ込まれてる一人です。
でも、その程度だと国民感情が後押しするので「戦争なんだし仕方ないよね」で済まされます。後年問題になったとき、ごめんなさいといっとけばすむ問題です。ほんとはそれじゃあかんのですけど。
じゃあほかには? あれとかあれとか、思い当たると思います。
で、こういうとき、誰が真相を解明してくれるのか? 真相ではないにせよ、うそをうそと暴けるのは誰かって言うと

軍オタです

私には、映像の中にあるてがかり、たとえば服装の様式や、装備、背景、そういったものを目で見ていても、単に見ているだけです。そういうものの中からは批判精神というのは生まれませんから「ああ日本人はひどいことしたなあ」というスタンスになります。
しかし、見る人が見れば、うそがわかるんですよ。

たとえば私は映画好きなので、すでに突っ込まれすぎてネタにしかなっていないアイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ・南京」に引用された映像が、ほとんどキャプラの映画からの引用だということを、見て知ってます。
キャプラの映画が実録映画なら問題ないんですが、実は実録ではなく、あれは最初に脚本(日本人は、とても、わるい、ひどい)というストーリーラインに沿って、使えそうな映像をつぎはぎしたものですから、その時点でかなり、信憑性が怪しいことになってます。

たとえば、普通の映画の中でも女を殴るシーンとかありますが、あれは当然殴ってるわけでなく、脚本にそうあるんで、殴っているようにみえるよう、アングルと編集を使って「そうみせている」だけです。本当に殴るような変態は、ウイリアム・フリードキンくらいですたぶん。
なにがいいたいのかというと、残虐な行為、を演出するために使えそうな映像素材を発掘し、それを編集した可能性の高いものを引用している時点で「この本は事件について実地に調査したものではなく、予断と思い込みで、事件の残虐性というものを批判の余地なく決めてかかってからかかれたものではないか」という疑問がわくわけです。だって仮にも研究書なら、映画からの引用画像をもってきませんよね。よしんばそういう場合「映画・ザ・バトル・オブ・チャイナ(フランク・キャプラ監督)より」とキャプションをつけるはずです。

ただ、私にわかるのはここが限界で、「穴を掘らされて銃殺される人」を撃ち殺しているのが、実は国民党兵士であるとか(もっともこのシーンは、「上海ドキュメント」という映画からのトリミングで、国民党兵士が写らないように編集を施したものであるため、映画オタだとピンとくるシーン)とか、爆撃跡に子供が泣いている有名なシーンは、上海爆撃のシーンであって、南京とは関係なかったりとかいうことは、映画マニアでは、ちょっとわからない。ただまあ、この映画の映像の多くが上海爆撃からの引用というのは確かで、「人が死んでいること」には違いない。
もっとも、一般人の住宅街に焼夷弾をばらまいたりするようなことは、どこの国でも多かれ少なかれやっていることですけど。

問題とされているのは、映像の出展が「南京」であるという根拠に乏しい映像であり、陰謀論的に言うなら、そもそも南京事件というものそものが、でっちあげられた戦争犯罪の可能性が高いのではないか、という指摘です。
わかりやすい例で言うと


これですわな

編集ってのは、こんなこともできちゃうんですよ。
笑ってるけど怖いんですよ、これ。
しかしこのゾフィー兄さんはかっこいいよなあ(笑)この人の編集は神がかってるいつも。

中国側の反論としては、どこそこから骨が出るから、みたいなものがありますが、戦争してたんだから骨出るのは当たり前ですよね。つまるところ、客観性のある証拠というものが希薄だからこそ「あった」「ない」という水掛け論になるわけなんですけどね。つまるところ、証拠がでてきようがないのが現実なので、私個人としては「事件を肯定的に受け入れるだけの根拠に乏しい、でもいっぱい人はしんだろう、いやだな」ということなんで、どのへんが争点になっているかは、気になる人はWIKIでもみてください。結局堂々巡りになること請け合いなんで。

ただ、すくなくともヒステリックな論調で声高にレイプだの虐殺だのと叫ぶ人たちの根拠となっているものが、かなりの確立でキャプラの映画だ、ということをしっていただきたいだけなんですよ。
映像ってのは、そのくらいの破壊力があるもんなんです。
そして、映像ってのは、そこに写っているものを無批判に「事実である」と錯覚させてしまうメディアなんですよ。
私はこうした映像の矛盾点や、編集の跡を丹念に探してきた、映画マニアや軍オタを心から尊敬します。私には無理だもの。
軍オタは嫌いだけどね!


やすいなあ。

でもこれ、ドキュメントじゃないですから! 劇映画ですから!
と、どこまで言い切っていいのかが微妙なところ。
これ、もってないんでアレですが、たぶん「中国侵攻」が「ザ・バトル・オブ・チャイナ」です。
なんていうかね。この手の映画って言うのは、モンド映画すれすれなのよ。
こういうものを見て「心が痛くなる」のなら、サルの脳みそをくったりしてるようなモンド映画でも、心が痛くなってほしいものです。って、実は昔は「心が痛く」なってたんですよ、いやほんとの話。いまはあれがうそっぱちだと大半の人が知っているので、誰もまじめに受け取らないだけです。
(深読みするところです)
いやでもさー、今の映画に肥えた目で見ると、この当時の編集なんで、編集跡がばればれなんすよね、実際。町の映像に毎回同じような爆発の映像と音がかぶったり、燃える前の建物と、燃える後の建物で肝心の燃えてるとこは!? そこがみたいのに! みたいな。イッたあとまんこのアップになって、精子流れ出てる編集ですよ。出してるところみせてよ! みたいな。そういえば「編集」って言葉の意味も伝わるのかもしれない。
しかしアなんとかチャンさんってのは、どいつもこいつもろくなこといわんな。
堀尾茂助ってかっこよくないですか
nya01.jpg
※画像は本編・実在の人物・団体とは一切関係ありません


自覚症状がなかったんですが、相当よろよろしていたようで
鍋を洗っていたら、取っ手がすっぽぬけて足に直撃したり
花瓶に水を入れたら、手の中から飛び出して頭に直撃
全身ずぶぬれ

もうこのまま禊してしまおうか

連日の冷え込みのせいで、室内の植物が軒並みやられています
パキラの鉢植えもかなりやばい状態だったので、せめてビニールでもかけてやろうと
「このゴジラのソフビは危険。落ちて直撃したら枝が折れる」
そう心につぶやいた直後に落ちて直撃

なんか預言者としてもいい感じにチャクラ回った感じです

冬に選定はしたくなかったんだが……根に悪いから。いや、いいこともあるけど。
熱帯植物の多い私の部屋は、今年、過酷です。

え、前振りの堀尾はどうなったんだって

もう慣れてるでしょいやだなあ

「最近アニメばかり見てるね」と友人に突っ込まれ
そんなこともあるようなないような
いや、確かに「ちょっと小腹が空いた感じ」というときに定番として流していたオクトマン、ここ一週間ほど見た覚えがないぞ。
いやなにより、私の感性がおかしい。
「Project BLUE 地球SOS」を見ても全然燃えないし
なんか感受性が腐ったとしか思えない……あんなに楽しみにしていたのに……
「侵略ものと宇宙開発ものはぱんつの次に好き」
という、私の価値観がぐらついている。アイデンティティー・クライシス2050.
かといって、ぱんつのために迷い猫とか見るようになったら、それこそ堕落だよな。
GYAOでも見るか……わっ、「ベストガイ」

行間を読んでいただくとして

QueenのI was born to love youとかもやってますが…個人的にこの曲、Queenより、初出のフレディのアレンジのほうがすきなんだよねえ。
というわけで、特に見るものもない。
いやじつは、こっそり見に行って大泣きしてしまったために劇場から出るに出られなくなってしまった「パーフェクト・ワールド」とかもやってますが。
基本的に人情話には弱いんだよな。

ま、そんなわけで特に書きたいこともないので。

bb01.jpg
すべての人々に!

なげやりにおわる。
やっぱカニバルネタやらないとだめだなあ。
あっ、そうそう、娯楽ってのは、日常からの飛躍なんですよね
メシなんてどこで食っても同じだけど、ちょっとこじゃれた店で食ってみるかとか、外で食ってみるかとか
あれも飛躍ですよね
空間操作でも状況操作でもなんでもいいんですが、ようするに娯楽ってのは常に
非日常性
というものが大前提にあるわけで
カニバル映画なんてのは、その非日常性を、状況的にもモラル的にも一気に飛躍できるアイテム
日本人が、かつてあんなにも夢中になったのは、基本的にそういう飛躍、ってことを理解できる国民なんですよ、日本人って
ほら、怪談とか好きだし。
ネタをネタとしてってのは、ネット上での逃げ口上のひとつですけど、あれは一面の真理も突いた言葉ですよね
大半の人はネタをネタとしてわかった上で楽しんでいるんですよ。
まあ




子供のころはパミューダ・トライアングル信じてましたけどね私




くっ。
醜態
以前ネタにした恋姫がWEBゲーになったのはかなり前から知ってたんですが
先日思い余って

これもネタ

とおもい、はじめました。
もともと恋姫うんぬんは(結局真は手もつけなかったけど、あまり改善は期待できないかなぁと)以前あるブログでこのゲームのことを書いている人がいて
ようするにこのゲームが好き、といってるやつって
ゲームが好きなわけではなく三国志が好きなだけなんだな
と、シア・ハート・アタックな批評をしていたんですが
うん、まさにそういうゲーム

ていうかゲームになっていないのがなんとも

同人ゲーでももっといいものつくってるよ。

で、絵的にもそれほど好みというわけでなし
キャラがとりたてていいわけでなし
私の中では

馬超と袁紹様ご一行

だけでグランドフィナーレを迎えていたわけですが
アニメ化されたりして「あれっやっぱオレってずれてんのかな」
そうずれてんだよ、まあそのネタはまた後日やるとして

前振り終わり。WEB恋姫ゲームの話をしよう。
Web恋姫†無想 袁術を育成中!
バナーのキャラは気にしないように

ま、プレイした感じでは
非課金プレイヤーはまずいつかない
ということで、どれだけネームバリューに食いついてくるオタがいるかってことで売り上げが決まる感じですが
世の中アイスペースみたいなゲームもあるし、案外なんとかなるんじゃないでしょうか。
ちなみにたぶん私、すぐ飽きます。

まずは軍師を選ばさせられます。
後からかえることもできるみたいですが、この軍師が画面の1/4を占有してくれるので、なんか昔のデスクトップアクセサリーを思い出させるんですが
ようするに、癒しで選べばいいと思います。いや、ゲーム的には優劣で選んだほうがいいんだろうけどさ。
軍師候補は5人。魏、呉、蜀、その他と、バランスよくいやいや呉一人多いよ
とりあえず、超有名武将(主にロリ)は課金キャラですので、ほどよく中途半端な人が並んでます。
一番軍師らしいひとが陸遜。まぁおっぱいだし無難なところってそういうことじゃない
後世の評価が7部3部くらいで割れる人ですが、演義ではうっかり孔明の罠にかかったりして、有能なんだか無能なんだかよくわかんないうちに死んでいたりします。息子の陸抗も有能な人でしたよ。一族滅ぶけど

次に、コーエー系なんかで新君主やるとき、在野で出てきたら仕方なく軍師にすえられるけど、エース級が出てくるとすぐに後方の内政官に格下げされてしまう程。
人間的に問題のあるエピソード満載の人ですが、要所要所に顔は出すので、中途半端に知名度は高い。
ただ、私的にはカニバルネタ的にはずせない人物
程(WIKI)参照

その次位に軍師っぽい人といわれると……いるだろう、もっと適任が。馬良とか法正とか。えっ、みんなあっさり死んだ人? 孔明の後の二人組みとかは? 知名度低すぎ?
黄忠です。人妻で、おっぱいです。ロリ子持ちです。ふーん
特に書くこともないや。関羽先生とともに五虎将になったとき「ちょ、黄忠といっしょにすんなっ」とか逆切れされた人です。えっ、そもそも黄忠が劉備陣営に投じたのは関羽の男気のせいやんて? あれ創作だから。
夏侯淵を斬るという、華々しいはずの活躍も、あまり記憶に残っていないのはなぜだろう。
有能なんだけれども、なんか地味。列伝の記述もほとんどない。ようするに、書くことがない。
なんか、ブラウザ三国志でも、軒並み知力が高めに設定されている。何故? ていうか、私このじじいにはなぜか愛されて、CからSRまでフルコンプしてしまったのだが。無課金ユーザーだったのに。
ちなみに馬超も「役立たず」あつかいだが、彼は異民族に顔が利いた。彼は存在しているだけでOKなのだ。活躍しなくても

でつぎが、公孫瓚ってあんたまたそんな三国志開幕と同時にたいした活躍もなく消えていった人を
盧植門下で劉備のご学友ってだけのキャラ立ちだけども、白馬長史の名は伊達じゃない、しかも劉備とご学友ってくらいだから、あまり身分は高くない。たたき上げなので、軍隊は強かった。あの趙雲も投じたくらいだ。あっさり劉備に鞍替えされたけど
士大夫の影響力が強いこの時代、こういう人材はまだでるのが早かったのかもしれない。曹操も実力主義の人だが、一応肩書きだけはええとこのぼんぼんだ。
袁紹の向こうを張っていたというのはたいした人物だと思う。ただあんた、敵作りすぎ
軍師っていうことなら、間違いなく

最後の一人が……ねえ、ちょっと聞いていい? このひとってすべからく、どのゲームでも知力最低レベルなんすけど
軍師?

shuutai01.jpg
こうですぜ

知の香りがしない。
そもそも、孫権守るために傷だらけになったという、典韋みたいなエピソードの持ち主なので、防御武将っぽいイメージというか、扱いなんですけど。ブラ3でも上位防御スキル引っさげてきた割に、当人のステータスが残念なので素材扱いだったし。
まあいいや。周泰です。
一人くらいは防御系武将いれとくか、ってことなんすかね。
ブラ3と同じコンセプトか。ていうか、むこうは周喩な分すごい負けてる気がしますけど
この人って、軍師ってことなら罠ってより地雷だよね

で、はじめてみました。











shuutai03.jpg
何故こうなったし

ま、ネタだからいいやってことでもあったんですが、後悔はしてません
股間からチラってたので俺的には超OK
あとまあ、このゲームの原画の人では唯一私が「好きだ」といえる人の絵だから。

ゲーム的にはとりたててかくことがありません。というか、すごくわかりづらいです。
かなり多くのオンラインゲームをこなしている私は(ただし継続はしてない)、たいていのコツはすぐ飲み込むんですが、独自性を出そうとしすぎたのか、なんとなくすべて斜め上です。
ただ、ブラ三のような、やりこむほどに先細り感が強くなるゲームなんで、そこをどうするかのシステム的な工夫の後が見られて、好感は持ちました。ただ逆に裏目に出そうな気がするけど…基本エロゲの延長だから、問題ない気もする。

gaku01.jpg
なんかこういうのでたし。

ていうか、何故周泰じゃない
ブラ3ではずいぶんとお世話になりましたが、楽進。コーエー系だと二軍武将なのにね。
で、非課金プレイヤーがいつかない、の理由のひとつに、武将の入手があるのですが
ブラ三なんかのカードゲームは、ある程度非課金でもカード排出するので、まあコレクションするか、な、ライトユーザーも居つくんですよ。
ところがこのゲーム、わかりやすくいうと、ゲーム内通貨で雇用したり、通貨……っぽいものでカード引くんですが、あっというまに頭打ちになって、そのあと武将に関しては楽しめる要素が薄い。
はなからライトユーザーお断りな仕様だと思います。大丈夫なんかなぁ、と思いましたが、アイスペースとかあ(ry
結局、なんとかなっちゃうきはします。
私このゲームの絵にはほとんど萌えないのでどうでもいいけど。

で、最終的に軍師+4名くらいはもらえるんですが、ねた的に友人には「袁紹もしくは袁家一党が引ければいいや」的な振りをしておいたんですが







ens01.jpg
我ながら飽きれた

一発で引いてくるか
このてのゲーム内での引きの強さは、友人知人からも「チート」もしくは「死ね」といわれてる私ですが
今回だけは笑うしかなかった。ネタとしてもう満点。
どのくらいチートかってーと、ブラ3で一週間でSR3枚R3枚引くくらいチートです。いや、常にそんなに引くわけじゃないけどね。もちろんライトのみの話。金はマビにしかつかってないし。
ほかは先の楽進、関羽に殺られたことになった「もうあほの子とはいわせない」呂蒙ってそりゃ私に対するあてつけか。あとひとりが典韋。なんか、立ち位置的に周泰とかぶった
ちなみに愛しの顔良文醜は、敵として登場してきました殺ってごめん

まあ

shuutai06.jpgshuutai05.jpgshuutai04.jpg
この笑顔に萌えられるならプレイするのもいいんでないかと

ていうか萌えた、お前うちに嫁に来い周泰

でもなんで日本刀……?
(普通にぱんつ丸見えなのも気になる。エロゲだからなのかぱんつ以外の何かなのか)
とりあえず運営さん

魏とか呉とか蜀の武将いらんので
周泰とその他だけください
おねがいします。
ぜんめつだ
鋼鉄ジーグをみているので更新はありません。











zg01.jpg
いい位置にいるなぁおい!








「父さんは家庭を顧みないだめ親父だ!」
「実は悪の組織と戦う準備をしていたんだよ!」
「俺が間違っていた父さん俺は戦うよ!」

3秒で分かり合えるすばらしき父子関係

「初めてなんだから仕方ないだろ!」

でもスピンストームとナックルボンバーの名前はいえる
これだよこれ!

ていうか息子改造しちゃだめだろまったくもう。
いやまあ、キャシャーンも改造されてるし時代の定番なんですけどね。

永井豪ていうかダイナミックプロ系列の作品ってなんか
プロレス好きが大前面に押し出されるとパッとしなくないですか
高千穂遙もそうだけど
偏見かなあ うーん。

とりあえずご存じない方のために簡単に説明すると
ダイナミックプロ作品では定番
地底からなんか帝国が出てくるモノ
世界のためには息子を犠牲にしてもいいというイカした倫理観の持ち主に、世界が救えるとは思えないのですが
ならあんた自分が変身しろよ
子供心に、ジーグのあまりにもむちゃくちゃな変身に度肝を抜かれましたが
一生懸命粘土で再現しようとしましたええ
あと、ほとんど掛け声ばかりの主題歌が熱い
(OPEDともに)
あと、定番的に女の子の服がエロい

玩具的にはこの後マグネロボ ガ・キーン、超人戦隊バラタックと続いてな
アニメつまんないけどなんか好きだったんだよなあ当時
おもちゃの力って偉大だ。
ゴーダムなんかもそうだけど、今となっては何か面白かったのかさっぱりわからないってのが、私がオタになりきれん要因なきがする。ほんとに好きだったのになあ。




正月GYAOで(てか今もやってますが)
矢追リバイバル中
いやあ、ビリー・マイヤーとかがみられるの、もうこのシリーズだけだからね!
実はこれをネタに、ものすごいまじめなことを書いていたのですが
まじめすぎてつまらんのでやめました
しかしなあ。やっぱ版権の関係で例の大げさな音楽がなくなると魅力半減
矢島ボイスは健在なので、まぁそれはいいんですが。

yaoi01.jpg
うーん素敵だ

子供だましって言葉があるけど
UFOものっていい意味で子供騙しだとおもうんだよね
馬鹿馬鹿しさの向こう側にある楽しさに気づいたらもう、アニメとか映画とかいってらんねーみたいな。

ま、んなわけで
近頃巡回先がさっぱり面白くないので新規開拓してたら
あまりの質の高さに3時間ほど笑いっぱなしのサイトをみつけたので、そこ読んできます
いやぁやっぱ文章って人柄でるよなぁ(笑)
あー
すっかり忘れてましたが

あけましておめでとうございます

まあ、正月にこんなとこ観に来てる人にはどうでもいいよね?

正月ってことで、恒例のスタートレット祭りを始めようとか
まるごと24時間Mr.B.I.G.祭りをやろうとか
ラリー・コーエン万歳 その中でも残念なものピックアップ祭り(「ザ・スタッフ」とか)をやってみようとか
いろいろ考えた挙句

すごく延髄あたりが痛くなり

頭にきたのでインペリテリを朝から歌ってました。
だめな中年!

それなら中年らしく、おとなしく懐古趣味でも丸出しにしてやろうとおもい
ガンダムユニコーンはとりあえずほっといて
そういやこのへんにいれてたなあ、ごそごそ
あったあった

ヤマト復活編

完成に至る紆余曲折とかは、勝手に調べてください。

私基本的に、作品をネガティブに語ることはすかんのです
いつもいってるやん、といわれそうですが
突っ込んでいる作品というのは、ごくごく一部を除いて、とても愛してるのです
女の子だったらツンデレといいたいとこだけど、中年の親父はなんていえばいいんだろう
クソ爺?
んなわけで、リアルにヤマトブームを知っている世代としては、ヤマトと名のつく作品は、錦織一清がトンチキな役を演じていても、コケにするわけにはいかんのです。
そんなわけで「愛」が大前提にあることは理解しておいてください。


テーマは愛


ブログのトップのどこかに書いておこうかな。

で、その前提でとりあえず書かせていただくのは



この脚本書いたやつ馬鹿だろ



いやいや、正直言ってね、私のように文章で人をわらかそう、なんておもっているオタくさい連中にとって
脚本家 小説家
てのは、愛憎混じった崇拝の対象なんですよ。
そのため
いい作品は脚本がいい
だめな作品は脚本が悪い
と断定していく傾向が強いのですが
ぶっちゃけてしまうと、脚本ってのはたいがい、読み物としてはてんでダメなんですよ
脚本の仕事ってのは、見せ場をシーンでつなぐことであって、それ以上ではないです
でも、オタってのはたいてい「自分がなりたかったもの」の価値を過大評価する傾向が強いので、オタ度が高まる度合いに比例して、脚本家への崇拝が顕著になっていく傾向が強いです
断定的に書いちゃうけど。
だから実は「馬鹿が書いた脚本」というのはほとんどの脚本に言えることだったりするのですが
(本当に馬鹿が書いているというわけでなく、ただシーンを並べているだけで、読み物としてはさっぱり面白くない、という意味ですよ、念のため)
小説家って言うのは、その脚本家の作業をプロットとして、演出、脚色を加える能力を持った人のことを言います
なら小説家のほうが偉いん? ということになるかとそんな単純な話ではなく
小説家って言うのは、基本的に自分の得意な演出パターンというのがありますから
(作家性って便利な言葉があります)
あくまでも、その演出にうまくかみ合うネタしか扱えません
他方脚本家って言うのは、「どれだけアイデアを出せるか」という、引き出しの数が勝負のお仕事ですから、比較すること自体が間違ってます
その先は、演出家と監督、実写なら撮影とかもありますが、そのひとらのお仕事になります
小林氏なんかは、かかわった作品がいずれも完成度が高いですから、演出意図というものを丁寧にスタッフに伝えることのできる人なのか、そういう人に恵まれる剛運の持ち主なのかのどちらかでしょう。私は前者だとおもいます。作家むきな人だとおもってますけど、稀有なほど脚本家としての能力にも恵まれた、二物にも三物与えられた人でしょう。

本題に戻ると、そんなわけで、この馬鹿な脚本をどうにかするのは、監督とか演出家の仕事なので、どっちかが馬鹿(あるいはほかのもひっくるめて全部)だってことになるとおもいますが、ま、とりあえず

バリアはるための5本の支柱に1発ずつ波動砲うちこむくらいなら5本まとめて真ん中うっちゃえよとか
部下の命を大切にするため、自ら娘の乗った救命艇救出に向かう古代 でもコスモゼロは複座だ 娘以外見捨てる気満々だぞとか
「俺が撃つ」とかいって結局は部下を信用してない 艦長としても人間としても全然成長してないそんなんだから娘にそんな扱いなんだよ古代君とか



そういう細かいことを気にしなければOKですよ
(細かいか?)

テーマは愛なので。

いっそ娘の名前愛にしたほうがよくなかったか。

ようするに、脚本家の仕事っていうのは「5本支柱を撃ち抜く」というアイデアを組み立てるまでで、演出とか監督の仕事ってのは、その先の「なぜ5本の支柱を撃たなければいけないのか(船沈めりゃいいじゃんていうか普通そうするよね)」というプロットに、説得力を持たせることです。
古代君の例なら、「みんなもう死んじゃったの!」「私も死ぬ!」と娘に泣かせ「命を粗末にするな!」(西崎的展開)という流れにもってくために、飛行中の古代に、「救命艇をさがさせている」演出を加えて「結果として救命艇が壊れていたのであって、娘だけ連れ帰るため都合よくコスモゼロにのったわけではない」ことを明示していくとか、そういうことですね。そのあたりがあいまいなので、うがった見方をすれば前出の突っ込みのように見えてしまうし、好意的に救命艇を探していたんだねと受け取っても、娘だけ助けて他の人を探す気配すらないので、やっぱり人命はとても軽いことになってます。乗組員は泥かぶっても救おうとするのにね。
優れた脚本家ってのは、そこまでやっちゃうんですが、そうなると得意な演出パターンにはまってくんで、ようするにマンネリズムのため「先が見える」と突っ込まれる、アレな展開になりがちで、私の期待するような、斜め上の展開は期待できません
普通誰もそんなの期待してないけど。

ようするにこの作品、アーウィン・アレンなんですよ

だれそれ?
※アーウィン・アレン
神スティーブ・マックィーンが、ついに宿敵ポール・ニューマンに王手をかけたという意味で、私にとっては金字塔の作品「タワーリング・インフェルノ」を手がけたプロデューサー。
(ついでにいうと、脚本はスターリング・シリファント。「ダーティハリー3」とか「ポセイドン・アドベンチャー」もてかげた巨匠だが、サム・ペキンパーが頭をどっかにぶけつて撮った(とおもわれる)「キラー・エリート」や、ニューマンに「でるんじゃなかった」とまでいわしめた「世界崩壊の序曲」など、駄作以下の珍作も手がけている。ブチンスキーの「テレフォン」、傑作なのになあって監督がドン・シーゲルで、共同脚本家がピーター・ハイアムズじゃん! 「マーフィーの戦い」も傑作だよねっとピーター・イェーツが監督だし、これも。あれっ、でもアラン・スミシー名義だったような気も? いやあ、この脚本、クレーン船でUボートを撃沈しようとするという「無茶振りにもほどがあるゲソー!」という名(迷?)シーンがあって、お気に入りなのですがね。いかんいかんシリファントの話じゃねえ)
パニック映画の神扱いされたアレンでしたが、後続に次々とおいまくられ、起死回生とばかりに自ら手がけた「スウォーム」が大ゴケ、「世界崩壊の序曲」で止めを刺されて二度と浮かばなかったんですが、アレンの演出というのは、見せ場を数珠繋ぎにするだけ、という芸のないもので、グランドホテル形式の作品や、パニック映画に不可欠の人物描写が極端に浅く、ようするに見せ場に説得力がないためまったく盛り上がらないのです。復活編の、というよりもだんだんアニメも映画もアレン化していってるのが私の頭痛の種なんですが。見せ場に説得力もたせてよ、萎えるから! なんで唐突に死のうとするのこいつら! お前らの人生そんなに安いの!?
あれ。でもアレンの作品が結構好きな私はひょっとして、こういう作品を好んでみてる?

私、おもうんですけど、今この手の業界に決定的にかけている人材って、アイデアの飛躍を、力技の説得力で捻じ曲げるだけの腕力を備えた、演出家の存在って気がするんですが。アニメとか、映画にかかわらず。
小説とか漫画原作が多いのは、たとえばそこにいいアイデア、脚本があったとしても、それを作品として組み立てる上で不可欠な、骨組みに肉付けしていけるだけの作業をできる人材が払拭しているからなんじゃないかとおもうんですよ。「ローレライ」とか。あぁっ、「ローレライ」馬鹿にすんなっ! 役所でてたらそれはもう傑作なんだよ! 馬鹿にすんなっ!
(それがファンという生き物)

あと、人の命が軽いよなあ。
ダブルオーセカンドシーズンでもいうたことですけどね、シーンのアイテムとして「ポテチン」と死んでいくのは、萎えるんですよ。流れの中で、その人の死に重さがないから。きみらはザンボット3 16話「人間爆弾の恐怖」を観て、アキの背中に泣けっ、泣いて詫びろっ!

まあ、冒頭にブルーノアを持ってきて俺号泣とか、見事に乗せられたシーンもあるんですけどね。かっこよかったなあゴドム人工惑星。ノベライズよれよれになるまで読んだよ。てか、まだそこにある。



ま、そんなことはともかく
必然性もなく女艦長の服がハニーフラッシュしておっぱいぷるんしたり
第一次移民団が襲われたってのに無策で2時移民団を送り込んで全滅させたり
軽やかに一人一殺を「武士道」と謳いあげたりする作品は
エロスで有害
泣かせるためだけに無意味に億単位を行殺して有害
美名で国民に命を捨てることを義務として強制するんで有害ってことで

これは条例的にまずい作品なんですよね?

そこんとこはっきりしていただきたいんですが。
ああでも、個人的には湖川あおりはやっぱいいよなあ。
たくさんたのしめました。いいヤマトをありがとう。



え、実写?
「バトルスター ギャラクティカ」をまるパクりして3文芝居を付け足したってあれ?
私パクリは全然OKの人だから問題ないけど
なんとなく見る気がしないのでまだ見てませんごめんなさい。
きっとそのうちみるだろう。ヤマトだから。


永遠に~かーがーやけー

えっ
金出すならこっちでしょ?
いまだにこれをみると大泣きします。
年だからかもしれませんが、子供のころから泣きまくりでした。
私の価値的には
ザンボット>>>>>>>イデオン、海のトリトン、ザブングル、ダンバイン>>>>>他
って感じなんですが
エロいよね神北恵子!
しまった、ザンボットをエロで語ってしまった。
せめてクラッシュジャケットで語るべきだったです。

年寄り的に気になるのが、CG。
いやいいんですよ、きれいだし。
そんなわけで、多用するのもOKなんですが。
日本の映像作品には、このCGIとかに対する配慮が、とことん欠けてるとおもうんですよ。
どういうことかってーと
手書きとは違って、たとえば、画面にブルーノア100隻だしたかったら、ブルーノアのモデリングを、100個配置すればいいだけの話ですよね。
最初のモデルさえ作ってしまえば、増やすのはとても簡単。それがいいとこです。
(主に人件費と、現場の作業量的に)
で、そのため、このヤマトを例に出すと
ほとんど等間隔に、ずらっっっっっっっと同型艦をしきつめることで

大規模な艦隊戦

を、演出しようとするんですよ。
でもね。絵にしてみるとこれが、ものすごく厚みにかける。
現実の艦隊なら、「艦種」てもんがあるじゃないですか。1つの艦隊を構成するためには、さまざまな用途の艦船が、ある程度有機的に連動するからこそ、艦隊の意味があるわけで。
そうでなくても、いかにもコピペしました、みたいな、奥行きの感じられない艦隊みせられてもね。アナログ時代のマクロスにも及んでないし。
んじゃデジタルはってーと、まだミニチュア合成主流だった「新スタートレック」にも負けてます。船の数では勝ってるけど。「浮遊機械都市ボーグ」もそうだし、ロミュランいぶしだすときの、混成艦隊もそう。
んじゃ同型機並べるとダメか、って話になると
ダブルオーやヤマトに、演出的な意味でまるぱくりされたほどの完成度を誇る「バトルスター ギャラクティカ」は、サイロン・レイダーにしろ、コロニアル・バイパーにしろ、同型機多数ですが、それぞれの機体は、独自に動いてます。端的にいうと、マンガチックに連動して飛んだりはしません。実際には、航空機ってのは編隊で飛ぶときにはきちんと有機的に連携して飛びますけど、格闘戦に入ってしまったなら、それなりの演出は必要でしょう。艦船ならともかく。
ま、ヤマトは主役がほぼ艦船ですけど。
もちろん、予算の問題があるので「無理。て言うか、無理」という、現実の問題もあって、だからこそ、そういうものと戦っている現場の人たちの気持ちをおもうと、弁護せざるを得ないのですけど、ぶっちゃけ一介の視聴者としては、パクるなら、オリジナルのクオリティか、別の角度のそれを期待しますよね。
私はパクリ王国イタリア映画ファンですから、むしろ売れたらパクれ、という人間で、さいしょ00みたときは「おおっこれはレイダーとバイパーの格闘戦!」とか興奮したクチです。
でロメロのゾンビを拝借した「サンゲリア」は、ロメロが持っていた世間への言い訳である社会派をすっぱりと切り捨て(ま、人間性とかに多少そういうモチーフ残ってますけど)、本家の青塗りゾンビを無視して、ウジやらゴカイやらの沸いたばっちいゾンビを出し、それが結局は、後年のグロテスク一辺倒のゾンビへとつながっていますよね。ただ、パクっているわけではないのです。
そのもう一手を打てる人がいないんだろうなあと、とりあえず繰り返しておきますね。
ダメだなあってことでなく、そういう才能を発掘して、抜擢して、しかるべき位置にすえてよ、ってお願いです。
そういう人材って、絶対そのへんに転がってるから。

あかいまふらー
うーむ。


この回り込みはかっこよすぎるよなあ

というわけで更新はありません。
ていうかこれ、音声差し替えてる? デジタルリマスターかなんか? うちのと明らかに音源違うんですけど。
ちなみに一番可愛いフランソワーズは、このときだと個人的にはおもうのですが。
いやでも、カラーになった直後の、瞳孔開ききってゾンビみたいになってる003も捨てがたいな。

00901.jpg
こええよ、しかも普通にめっちゃ笑顔だよフランソワーズさん!

このころって、これが美少女の造形だったよねえ。
目以外は。

一応、更新作業中、異常が出るたびにブラウザを落としてやると(一時的に)正常化するようになったので、更新できなくはないんですが。なんなんだろこの現象は。キャッシュが圧迫してるとしても、こんなことにはならないよなあ。

ちなみに、あまりにも熱い主題歌のこれも平行してみているのですが


キンタマ平気かトリトン

富野御大とも縁の深いこの作品
(あの悪名高き西崎義展プロデュース作品でもある。いや、私はこの人すごいとおもいますけどね。もろもろの行動はともかくとして(笑))
私べつにショタスキーではないのですが
トリトンにときめいてしまった過去があります
ミニスカ少女っぽくないですか? だめですか?
キンタマうっても全然平気そうだし
というわけで、私の中では「トリトンは女の子」という設定になっています。
そのあたりよろしくお願いいたします。

ちなみに、人魚とのセックスの場合、なんていうんだろうね? 魚姦?
卵産んだ後、シラコふりかけるんでしょうか。そんなトリトンみたくないなあ


アニオタならみんなもう持ってるよな?

ていうか、基本基本。
このころから女装させてたのねカントク、と突っ込みたくなったが、チュニックでしたねごめんなさい。
これ、またギターがめちゃくちゃかっこいいんだよなあ。こういう耳に残る主題歌がいいんだよ。
ああそう、トリトンは男の娘って設定でもいいな。それでいいよもう。