りせっとさん
「何故あなたは都合よく過去を忘れるのか」「そこにリセットボタンがあるからさ」-ジョージ・マロリー(仮)-
こんな
FC2には推奨テーマのようなものが表示されるのですが
今日のテーマは
「こんなメガネが好き!」
私は


「こんなメガネが好き!」


とよんでしまいました
たった一文字入れるだけで、まったく意味が変わってしまった
日本語恐るべし。

実は大魔神カノンが巨神ゴーグに似ているというネタからはじめようと思ったのですが
映像コーデックがおかしくなり、それをいじっていたためにテストで流したスターウォーズ/クローン大戦に見入ってしまい
なんとか映像はよくなったのですが、今度は音声が選択できなくなってしまった
ああんもう
頭にきたので、手に入れたはいいものの、ずっと積んであったデモンズ95を見始めて



はまる



ミケーレ・ソアビィって、やっぱ才能あったんだなぁ(笑)
この作品の感想を検索すると、いきなりカフカのパロディとか、いかにもオタのいいそうなことが書き連ねてあったりするのですが(笑)
まあ、そのとおりなんですけどね。でも、それを鑑賞に堪えうるレベルの作品にすることが可能な人って、じつのところ、ほとんどいないのも事実。

不条理を描くとき、おおまかに二つの手法がありますが、ひとつは淡々と状況を積み重ねていき、現実との接点から不条理世界へと引きずり込む方法。
もうひとつが、不条理な状況をいきなりたたきつけ、一切の説明を排除して、不条理を積み重ねていく方法。

13日の金曜日なんかは、サマーバケーションという現実から、殺人鬼の居るキャンプ場という、不条理空間に引きずり込みますが、この手の映画は、現実との接点が残されているからこそ楽しめるわけで、多くのスラッシャーが、同じ手法を取り入れてます。

デモンズ95は後者。古典的なSFによくある導入で、主人公視点なところも特徴的です。そのあたりがカフカっぽいといえばいえるのかもしれませんが。
主人公がとにかくやる気がなく、ケツでもかくような気軽さでゾンビを射殺していくシュールさというのは、ちょっと言葉に表せないくらいのスタイリッシュさがあります。

「ホラー映画ならここで盛り上げるべきだろう!」

という場面でも、ゾンビがうろうろしているだけでまったく盛り上がらず、そのくせ、荒涼とした墓地が舞台のほぼ全てという、密室劇っぽい作り方のせいで、主人公の心象風景とシンクロしてしまい、ぐいぐい引き込まれます。
気取ったオタっぽいスタイリッシュ映画かというと、これがまたブラックなジョークが山盛りで、首だけになったゾンビの女の子をTVの中で飼ってみたり、「ポゼッション」のように、よく似た女と何度も何度もふぁっくしてみたり(あちらは政治的意図があるそうですが、こちらにはたぶん「面白いから」という理由以外はなさそうですが、いや、意図はわかるんですけどね(笑))、いきなり死神が出てきて「死者を殺すな! 殺すなら生きているやつを殺せ!」と叱られてみたりと、笑いのツボは盛りだくさん。
しまいには、恋した女が「私男好きなんだけど、インポが好きなの」というのでちんこを切りにいってみたり、で結局インポになる薬を打ってもらって帰ってきたら、女はレイプされていて「でもあたし感じちゃった♪」


「ああああああ」



という、主人公の声が聞こえてきそうな、いいシーンをいちいち幻想的な演出で撮る。
このばかばかしさは尋常ではない。
周囲の人たちも、いちいちどこかネジが飛んでいて、そしてカフカっぽく、疎外感、孤独感が時間を追うごとに急速に高まっていく。
「ナ」としかしゃべれない、知恵遅れのでくのぼうが相棒なんですが、このでくのぼうにしきりと「かわいい」という形容詞が使われる。どうみてもそうみえないじゃん! と思うのですが、物語が進むにつれ、実にいとおしい存在になる。ま、まさかこいつに感情移入することになるとは思えなかった! という見事な演出には、素直に脱帽いたしました、ハイ。
全ての舞台装置や配役が、陳腐なまでに定番のホラーの設定であるにもかかわらず、それらが微妙な不協和音を奏でているために、酷く新鮮に感じる。馬鹿が撮るとどうしようもない映画になるのに、才能がある人がとると、こんなにも愉快な映画になるのかと、素直に感動しました。冷静に舞台装置だけを見ていくと、これ、「バタリアン」じゃん(笑)
(もちろん1作目は傑作ですが)

いやー、これは騙されたと思って、もっとはやく見ておくべきだったなと正直に思いました。まあ「だまされたあっ」てのが多いのも事実ですけど(笑)
ソアヴィというと、デビュー作の「アクエリアス」のことくらいしか書くことないのですが、ビデオのパッケージがメンフクロウ(ミミズクだっけ。ま、どっちでもいいや)というインパクトにつられ、当時借りて帰ったのですが、舞台が墓地ということもあり、今回もちらっとメンフクロウの姿が現れます。なんか、あのビジュアルに惹かれるものがあるんでしょうねえ。よくわかります。

スプラッタを期待すると、とんだ肩透かしかもしれませんが(もっともそれはホラーファンにとっての話で、人体破壊描写はふんだんにありますが。あまりにもあっさりしすぎているので)、ブラックコメディだと思っていたら、えっ、ここで感動しちゃってもいいの? という展開があったりで、私の感性にはぴったりでした。オチが古典的なアンチユートピアSFっぽいところも、素直に郷愁があってよいです。

ホラーに抵抗がなくて、なんかみるもんがないなあ、という時、借りて帰れば充実した時間をすごせるかもしれません。ま、ストーリーはあってないようなもんですが、それでも師匠のアルジェントと比べれば、全然筋が通ってます。
そこがだめなのかもしれないけれど(笑)


結構値が張るなあ。しかも全部売り切れだ。

ま、プレス数たかがしれてるから、あたりまえっちゃあたりまえなんだろうけど(笑)
それにしても、輸入ホラーの日本版パッケージのセンスのなさは、すばらしいものがある。
バタリアンの新装パッケージみて、おもわず吹いたし。
そういえば、ソアビィは「未来世紀ブラジル」でギリアムと仕事を仕事をしていたそうだ。「ナ」の彼がゲロを吐くというのは、ひょっとすると人生狂騒曲ネタなのかもしれない。
わたしにもできること
時代劇 お好きですかぁ~?
(桑原茂一の声)

時代劇のためにできることを
あなたはなにかしていますか

ちょ、この書き出しから既に笑う準備をしている人
お約束とはいえそんなひどい
(ローラ姫)
まじめなお話ですよ。
私が毎日実践していることです。
毎日です。
「今日から○日」とか滝沢のようなことは言いません
既に2年間続けています
(寝過ごしたときを除く)
朝起きると必ず実践していること




キーワード「うじゅ」で検索することです




あ、ちょ、引くな、ネタだとおもったろう、マジなんじゃぜ
どってことねえとおもったら、ためしに1ヶ月続けてみれっていやマジで
1週間で飽きるから

うじゅとはいうまでもなく、太秦戦国祭り公式マスコット。
介護老人施設とかが検索上位にこないよう、毎日うじゅブログをクリックする
やってみ 3年以上続けられたらきっとチャクラ回るから

2年間続けてきてたった1日分のネタにしかならないのかとおもうとナンブ片手に街中へ出かけたくなりますから
いやマジで。

別に私が努力をしなくても、萌え系のアレとかソレとのタイアップで、知名度はそこそこになっているようですが
そんなの関係ねえ



要はやる気の問題だ



あれだな
「うじゅはワシが育てた」
そのくらいの巨大な自己満足を得ることのできることを
勝手にやる
それこそが真のマニアの道だと思うのだが。
求道の道は険しいのじゃよ
(世間の視線的意味でも)

毎日チェックしていれば
なんと抹茶生チョコに手を染めたことまで知ることもできます
生チョコてあんた
歴女か 歴女ターゲットなのか?
それはそれでなんか微妙な気がするが
(でも生チョコと抹茶というのは実はとてもいいコラボ。無難という話もあるけど)
でもなぁ歴史ネタに食べ物とくれば
まあカステラとかげっぺいとか
やる前から結果が見えそうな感じのするチョイスもあったとおもいますが
戦国じゃろ?
戦国といえば武将
武将といえば清正公(せいしょこと読もう)
清正公といえば




肥後ずいき




そもそも熊本藩違いじゃねーのとか
そういう突っ込みはあるかもしれないが
芋茎は熊本城の土壁に塗りこめられていた伝説は、ジモティにとってはポピュラーな話題だ
虎のちんちんを朝鮮まで取りに行った伝説を持つ男 使っていないわけがない
虎之助だし(関係ない)
うじゅはその成立の問題から、衣装の割りにエロネタは禁止だ
うじゅにあと足りないのはエロ
せっかくねばねばが苦手というよい設定があるというのに
ここはひとつ肥後ずいきをお願いしますよ
ていうか清正関係ないじゃん太秦と、とつっこまれるかもしれないが
関ケ原ネタで一応、関連はある
なにより



うじゅと生チョコもなんの関係もない



どうですか、歴史+歴史
これこそ最高のコラボじゃないですか
なに、肥後ずいきがなんののかわからん?
ぐぐれぐぐれ。

しかしこれだと商品的に弱い
ここはひとつ清正公にも萌え化してもらうしかない
もちろん名前は清正公たん
せいしょこたん



新たなるショコタンの誕生です



これでずいきを使ったレズネタもOK
ポスト初音ミクだって狙えますよ
ひこにゃんを交えれば獣姦で3P
町おこしにどうですか熊本県議会の方々


微妙なマスコット作るより既存のキャラに乗っかったほうがらくだと思うよ私は


おもうんだが、既存のマスコットに血縁や姉妹関係をつけていって
新たなる姉妹都市(姉妹商品)としてのグローバルな取り組みをしていったほうが
視野狭窄に陥りがたくなるし、なにより先人のデータを活用できるし
相乗効果も期待できる
そういう企画が上がってこないのが不思議でならない
マスコット関連って日陰だからですか そうですか
ならば仕方ない。
そういう企画はどこぞのサブカルバーで発信してもらうしかなさそうだ(笑)
馬鹿企画発信地としての、ステータスなり箔付けってアイデアもいいとおもうんだよね。オタってステータスに弱いから、常連になる=ステータスってことになると、必死になるやつ出てくるし。
(その分きちがいの相手をしなきゃならなくなるのがアレですが)

キャラ商品のリスク回避としては有用だと思うけど、まるしー関連がむつかしいんだろうなんあ。

個人的にはうじゅのエロ同人というのにはとても興味があるので
誰か描いてください。
というか天狗ちゃんだぜ
エロネタ満載じゃないか
ふたなり大前提だし
だめかなあ
イメージ的にエロになじまない印象はあるんだよね、うじゅは(笑)


そんなわけで3rdシングル

3枚目ってことは、それなりに需要はある……のか?(笑)


これは天狗流三段構えアプローチのc/w

うじゅは
電波系というジャンルの中でも
細かいネタで笑わせる芸の細かさは、歴史好きならちょっといい感じなんだが
いや、歴史ってのとはちょっとちがうか(笑)

みなさん応援してあげてください。
私は楽しい時代劇がもっとみたいです。

あしまった
うち的には由美かおるにもっていって
行水ネタから11PMにながしていく路線があったかーっ

来年またやろう
(まだやる気か)
特撮!
大槻ケンヂとは関係ありません。

以前もネタにしたよーな気するけど、まあいいや。
特撮とは何か
SFXという意味でなら、それはたぶん「サプライズ」ということになるようなきがする。
「うわーすげーこれどうやってとってるんだろー」
という子供のころの驚きが、そのまま今の趣味に繋がっている人も多いと思う。
ネタがわかっていても驚くというのもある。

撮影出身のマリオ・バーヴァは、イタリアホラー界の重鎮の一人だけれども、カメラの前に役者をしゃがませておいて、奥から走ってくる人が近づくと、入れ替わりにたたせることで、突然人物が入れ替わった効果をあげている。これなんかも錯覚やカメラのフレームを利用した、立派な特殊効果だ。
観客が驚けばそれで十分なのだから、効果としては成功。

スターウォーズがやってくると、「特殊効果」というのがひとつの流行語になり、TVでは「特殊効果のすべて」と題した特番が毎月のように組まれた。なにしろ、映画の場面を映してテキトーなナレーションをつけ、たまにメイキング映像なんかを入れれば2時間枠の完成だ。安上がりでしかも、視聴率が取れる。
ハリウッドによる、ひとつの戦術でもあったから、役者、監督、そして特殊効果というのが3本の柱となり、集客の宣伝材料として使われた。ロブ・ボッティン先生やリック・ベイカー師匠の名前を記憶したのもこのころだし、ホラー映画は特に、マニアックな層の集客も当て込んだため、この手の名前を列挙した。
SF映画もホラー同様なのだけれども、スターウォーズ効果で一部のマニアのものという(あるいは子供向けという)垣根が取り払われた結果、ジャンルそのものが一般化することで、フィル・ティペットとかスタン・ウィンストンといわれても、一般の人からは「????」という反応しか返ってこず、「特殊効果」という名前は一人歩きし、スタッフの名前は結局マニアにしか記憶されない、というのが90年代以降の、日本における洋画界(主にハリウッド)の流れになる。

その反面、固有人物名の代わりに、SFXスタジオの名前でそれが代表されるようになっちゃったりする。ジョン・ダイクストラは知らなくても、映画通を自称するならILMは聞き覚えのある名前だろう。固有名詞はやっぱ覚えにくいし、なんでも記号化したがるという日本人の一面を表すお話なのかもしれない。

そのため、おざなりに名前が書かれはするものの、CMで特殊効果技術者の名前はあまりみなくなる。ILMは一応でてくるが、他はせいぜい「ロード・オブ・ザ・リングの特殊効果を手がけたスタッフによる」なんてことをかかれればいいほうだ。

日本でILMに匹敵する記号といえば、やはり円谷だろう。
同族経営の欠点が露呈する形で経営が破綻しちゃったりはしているが、昭和世代の私たちにとって、やはり特別な響きを持つ名前には違いない。
がきのころは「円谷」と書いてあれば、ほとんど無批判に「すげえもの」という先入観で見ていたし、特撮という言葉はほとんど円谷の専売特許のような感じで、よほどマニアックな人以外、ピープロの名前を記憶していたりする人はいなかっただろう(笑)
(そしてピープロ作品を「変な円谷」と記憶することが、マニアの第一歩だったのかもしれないが(笑))

しかし特殊効果というのは、人を驚かせるために、よりリアルで、より大掛かりなものが求められるようになっていく。ルーカスとジョン・ダイクストラの確執は、マニアにとっては有名な話だけれども、商業ベースでものを見る割には自分の作家性というものに執拗さを見せる傾向が見えるルーカスにとって、作品を成功に導いた立役者として、あるいはダイクストラの存在が腹立たしかったのかもしれない。もっとも、ルーカスの要求する映像と、与えられた予算、時間でぎりぎりのラインのクオリティを保とうとしたダイクストラからすれば、言い分に誤差が出てくるのは当然で、それはダイクストラがアカデミー賞・視覚効果賞及びアカデミー特別業績賞を受賞したことにより、さらに屈折していったように、私には思える。

こうなるともう子供のけんかで、ルーカスはダイクストラの手がけた「宇宙空母ギャラクチカ」をスターウォーズのパクリだとして告訴するし、(ルーカスは敗訴。そらそうだろ。この程度で似ているとされたら、むしろ訴えられるのはルーカスのほうだ)結局はCGIで「何でも描ける」時代となったために、ダイクストラの手がけたSFXを次々とCGIで塗りつぶすという報復手段に出る始末。作家としての気持ちはわからんでもないが、だいたいこういう修正作業で、のちのち評価の高まった作品というのは、あまり聞かない。そりゃそうだ。まるまる作り直すならともかく、ちょっとお色直しした程度で興奮してくれるファンなんてのは、少数でしかない。
コレクター文化というよりも、レアを収集することがコレクターだというゆがんだ価値観の中で成立していった本邦のオタ文化においては、それでも、なんだかんだでデジタルリマスターが喜ばれたりはするのだけれども。劣化映像がクリーンになるのはありがたいことじゃあるけど、ロメロのアレに色をつけた珍品のような扱いになっていくのは、想像できることではある(笑)

そもそも、同じ人が特撮を手がけていれば、カラーが似てくるのは当然のことで、そこまでして「それは俺の」と主張するなら、ダイクストラを懐柔して飼い殺しにしておくか、殺すしかない。こういうところは、ルーカスがアホに見えてくるところだったりもする。もともとカラードに対する徹底的な偏見の元に描かれた世界観ながら、なんとなく雑居しているいかがわしさに「まあいっか」と納得してもらっていたものの、後期3部作でそれがあからさまになり、徹底的にたたかれてへこんでりゃ世話ないな、とまあ思うのだけれども、しかし個人がそういう差別的な感情を持たずに作品へ取り組めるなんてことを信じるほうがどうかしているし、それをテキトーに見過ごしてきておいて、いまさらぐだぐだいうのもどうかな、というのが私の本音だけれども。
幸い、日本人にはそのあたりのニュアンスが伝わりづらいので、ジャージャー・ビンクスはあまり嫌われていない。

話が横道にそれた。

話が前後するけれども、ルーカスが大幅に資本を投下したことにより、CGIの需要というものが、急速に高まった。
当初は一部の人のスキルであったCGIも、需要に対して育成が追いついてきた今では、同人でそういうものが見られる時代にまでなってきている。
その結果、当初はILMの独占状態だったCGIも、現在では無数のスタジオが乱立する状態になり、「ルーカスのプロモーション映画」と揶揄された最後のスターウォーズで、既にCGIは、特別でも、豪華でもなくなってしまった。
もっとも日本では、まだそこまでに大規模なVFXはできないようなのだけれども、それはおそらく、そうしたものに資本を投入する意味を理解できない投資家の存在と、結局はハリウッドの廉価版としか見ない、日本の観客の意識によるもののような気はする。ちゃんと資本と時間をかければ、技術的には同じものを作れるはずなのだけれど。

その結果、「驚くような映像」は、私たち視聴者にとってはごく当然の刺激となった。
いかに贅を凝らしても、いかに技術を投入しても、私たちにはその差が明確でなくなった。
映画というのはそもそも、既にぜいたく品ではない。文芸作品はそうかもしれないが、文芸作品は一般に、SFXやVFXの需要は薄い。
大衆料理というには語弊があるかもしれないが、ファミレスくらいの身近さではあるだろう。
ソースの味でごまかされた、チルドの肉と、精肉されてそのまま調理された肉の差がわかるほど、私たちの舌は肥えては居ない。映像にも同じことが言える。「なんだCGIじゃん」、その感想にたどり着くのは、必然ともいえる。

極端な言い方をすれば、厳密な意味での「特撮」というものは、もう滅んでしまったのかもしれない。種を明かされなくても種の割れている魔法というのは、もう魔法でもなんでもない。光と影が作り出した魔法の映像、私が子供のころに出会った驚きというのを追体験することは、難しいのかもしれない。
もっとも、種が割れているといえば、屁理屈屋なら「特撮ってわかってるじゃん」と答えるかもしれない。それは一見正しい指摘のようで、結局は言葉遊びでしかない。

そんなことを考えながら、昭和から平成にかけてのゴジラシリーズを、時系列的にではなく、漫然と見ていたのだけれども、そういえば昭和のゴジラには「これ、どうやって撮ったんだろう」といえるほどの驚きは、あまりないように思える。子供が見ていても、ぬいぐるみを着て、ミニチュアの中で演技していることは察しがつくし、操演はピアノ線が見えているから、注意深く見ていれば「吊ってるな」とわかる。
たしかにハリーハウゼンやなんかの映画を見ているときは、作品そのもののおもしろさと同時に、「これ、どうやって撮っているんだろう」と探している自分を見つける。少なくとも、そのあたりの作品を見ていることについては二つの角度から見ているのだけれども、じゃあ、ゴジラはどういう見方をしているんだろう。

理屈っぽくいってしまえば、特撮だとかそういうことは抜きにして、至極単純にがっちんがっちん怪獣が殴りあうことを楽しんでいるんだろう。環境がどうとか、テーマがどうとか、特撮? 人間? 地球? たぶん、そんなことは気にしてない。もっとも、例外的に扱われる一作目は、もともとSF色の強い作品だからそうもいっていられないのかもしれないけれども、じゃあ、何が楽しかったんだろう。
自問自答してみるけど、わからない。
こういうものは、消去法で探していっても、つまるところ「わからない」という結論に至るものだろうし、第三者が見事な論理で理屈付けてくれたとしても、理解はできても納得のいかないものなのだろう。結局は「気分」という言葉に象徴されるもので、どういう理由もないのかもしれない。

ようするになにがいいたいのかというと、技術や、シナリオや、役者や、演出や、それらもろもろの要素をピックアップして作品を論じるというのは、実はばかばかしいことなのじゃないか、ということなのだけれども、それでもこだわりたいというのが、マニアであり、オタの性なのだろう。

CGIというのはたしかに、サプライズがない。いや、厳密にはソフト面でのサプライズというのはあるのだけれども、素朴な楽しみというのは薄い。それでも、ミレニアム以降の作品を見ていると、CGIがもっとも苦手としていたひとつの表現、水のすばらしさに目を奪われる。水の表現は、じつのところミニチュア撮影でも鬼門で、水の粒子の大きさというのは、ごまかせない。それを克服することで、間違いなくゴジラの存在感は増している。
なら、それでいいじゃないか、最近はそう、素直に思えるようになった。
別に驚きがなくても、魅力的であればいいじゃないか、そういうことだ。
で、おもうのだけれども。


機龍にも炎の照り返しが欲しかったなぁ(笑)


白銀のボディに、赤い照り返しというのがメカゴジラの魅力のひとつであると思うのだけれども。あれか、演出的にはヒーローだから、禍々しくちゃだめだったのかもしれない(笑)
でも、複雑な鏡面に炎をうつりこませる作業というのは、じつのところとても難しい。ここはまだ、実写に軍配の上がるところなのかもしれない。
すべるように走るデストロイアは陳腐かもしれないが
コンビナートの照り返しを受けて咆哮するメカゴジラは美しい

ようするに、使い方、使う場所次第ってことなんだろうな、と。

しかし、取締りが徹底しているのか、それともまったく人気がないのか、本気で動画ないな、ガイガン……
トレーラーくらいはあってもいいとおもうんじゃがなあ。流星人間ゾーンのガイガンとかはひっかかってくるんやが(笑)

そういえばWIKIをみていると、デストロイアはめちゃめちゃ売れたらしいと知って「え、そうなの?」と再見してみたのだけれども、デストロイアって、そんなにかっこよくはないよなあ。
売れている理由というのはおそらく「ゴジラを倒した(厳密には違うけど)」という理由なんじゃなかろーか。私たちの世代で言うと、タイラントとか、バードンとか、エースキラーのような。
再見して思ったのだけれども、デストロイアってどーも(主観的にではあるけれども)、演出がまずい。
初登場でも存在感が薄いし、群体はいつものように、するーりするーりと床を滑ってくるから、あまり怖くない。もちろん、シリーズ1、2を争うほど人が死ぬシーンが多かったりはするけれども、効果的とは思えない。なにより、石野陽子って、こんなに大根だったかぁ? と、首をひねりたくなるほどに、感情が入ってないように見える。
致命的なのが、肝心の完全体の登場シーン。なんとなくカメラ固定して、巨大感を出そうとしているけれども、カメラ引きすぎてなんかちっちゃく見える上に、そこに至るまでの引きが弱く、「なんとなくでちゃいました」な唐突感が強くて「あれっ、いたの?」という印象が強い。
単純に気のせいかなぁ、ときになって(じつはこのシーンが気になって過去作品を引っ張り出したのだけれども)、やはり初見のときと印象が変わらず、ひどくデストロイアの印象が弱い。その分ゴジラの存在感がすごいから、まあいいのだけれども。
くらべちゃいかんのだろうけれども、同じ群体なら、某アニメ? って感じのレギオンとか、同じゴジラのメガギラスのほうが、ちゃんと勿体つけて登場してくる分、印象が強い。
ミレニアム以降、妙にホラー要素が強くなった印象のあるゴジラだけれども、これもなんとなく、作り手がデストロイアの成功を勘違いしちゃった結果なんじゃないか、という気がしてきた。映像的にはどれも完成度高いし、ぶっちゃけ×メカゴジラとかは傑作だと思っているけれども(でも不満な点はある)、ショービジネスである以上、思い込みと希望的観測で作品を作っていると、観客の期待からどんどん外れていく、ということなのかもしれない。

パニックものや、ホラーといったジャンルにはやり廃りはあるけれども、私は、怪獣に流行はない、と思っている。
子供はたいてい、怪獣が好きだ。
その欲求を満たしてやれるかどうかが、商業的な成功を収めるかどうかということで、オタクがうなる脚本とか、設定とか、映像では、子供をつかみきれないということなのかもしれない。

そういう意味では、CGIだろうが特撮だろうが、どっちでもいいのだ。

ガメラが失速して言った理由も、そのあたりにあるのかもしれない。
いや、わかんないけどね。私素人だから。
レベルアップ
ちょっと不愉快なことがあり
加齢でますますきれっぱやくなっているところなので、いつもなら速攻で切れてしまうのだけれども
なんとか自分をだますのに成功
大人になったな!


10年遅かった気がするorz



どうもミッチェル・ガントシリーズ1作目の
もとい
ファイヤーフォックスだと、更新作業していても落ちないようなので、こっちでやることにする
欠点はロシア語で(ry

いやあ、GYAOでときどきやってくれるからみてるけど、何度見ても熱いよなあ「ファイヤーフォックス」は。

先日ネタにしたアイスペースですが
友人と一緒に行く機会があったので、またいってみました。
相変わらず致命的なバグがあるようですが、まあβから間もないしな。
全般的にニコニコらしい拝金が徹底したシステムですが、みてるとみんな結構買っている。商売としてはそこそこいいのではないのかとおもうけれども、いわゆる「ゲームを続けるモチベーション」という要素である、ゲーム内のアイテムに関しては、手を抜きすぎという印象がある。
まあ、いったいどこで採算とっていくつもりなのかよくわからないモンスターファーム・ラグーンよりはいいのかもしれないけれども(笑)

まあでも、ネトゲにゲーム性もとめるなんてのは、エロゲにゲーム性もとめるようなものといわれれば、そんな気がしなくもない。
マビノギのインフレぶりもすごいし、ネトゲにはあきつつあるし。
しかし「このインフレぶりはなんなの?」って突っ込んでいる人が「そのインフレ価格は何なの」と突っ込みたくなる値段をつけているのは、なんなんだろう(笑)
自分もそうだけど、やっぱ心に棚を作るってのは大事なんだな(笑)

そして書こうと思っていたネタを忘れる。
一番の問題は私のやる気のなさと記憶力という気がしてきた(笑)
地雷

http://www.4gamer.net/games/022/G002210/20100306002/


これだよ……orz


本当に偶然、ドライバーをダウングレードしていたので動いてますが
明らかにPCの挙動がおかしい
まずIMEがぶっ壊れた
一部の動画コーデックが破損したのか、再インストールを試みてもがくがくして、しまいにはPCがいまにもクラッシュしそうになる
長時間3Dを描写していると、あからさまにパフォーマンスが落ちていく
どうみてもボード焼けてるよ
とどめは


長時間ゲームをしていると私が吐きそうになる


ということで
友人に付き合ってイベントをこなしていたところ
後半はもろにゲロってしまい口も聞けない状態
まあ自分はきついのねむいのいうわりに、自分のほしいものとかしたいことができると、相手のことはお構いなしに突っ走る人だからなあ
でも憎めないので付き合っていたら思いっきりゲロってしまい
飯も食わずダウン
そんなかんじでこんな時間に目が覚めました
そしてなんとなくWMのプレゼント応募のため、ガンホーでブラウザ三国志を進めていたところ
孔明を引く

なに、6さばでも私に続けろと?

いやいや勘弁してください(笑)


以前ささやかな広告を見て以来気になっていたゲームがありまして
見た瞬間
「うはw」
クソゲーの香りぷんぷん


ai sp@ce


エロゲキャラをもってきた
全年齢版ニコ厨ゲーという感じですが
(友人に聞いたらクラナドは最初から全年齢だったそうだが、んなことどうでもいいよいたるだし(笑))
しかし基本的に私、あまりエロゲはやらないので
(ゲーム性が高いものでないとあきるんで)
元ネタがさっぱりわからないから萌えようがない
しかしダ・カーポの人はなんとなく、ありがちなデザインの中に突き抜ける何かがあるので少し好きだったのと
なんか水鉄砲システムとかいうのが実装されたらしく、凸してみた

ais_20100311_120404.jpg
横向きで失礼だが

おっぱいの感じがよくつかめるのではないかと(笑)
全体的によくできてる印象
3Dエロゲに近いクオリティはあるかもしれない
そのため


恐ろしく重い


PCのせいかともおもったが
アップデートでいまどき何時間かけてんだという重さは致命的なのではないかと
なんつか「全然データ整理してませんね?」感ただよう、ザルのようなクライアントはいかがなものか
なによりいい年したおっさんがこんなゲームをプレイして喜んでいるのはいかがなものか

まあ、ネタと割り切って進めることにしよう

舞台は秋葉周辺と、なんか空間繋がった学園のみ
首都圏の方と、ゲームをプレイしている方には親近感が沸くだろう


地方に住んでてプレイもしない私にはどうでもよい


好みを聞かれたので
「そんなのきまってるやん。私にいまさらなにを。ロ……」



ロボ子がねーーーーーっ!!!!



しかたなく、第2属性のほうのツンデレを無難に選んでおきました。
ヤンデレにしておけばよかったかなと、少し後悔。
だれだロリ、っていったの。

迎えに来た女の子が(何のキャラかはしらないが。オリジナル?)ツンデレだったので、最初の選択でこの子が変わるんだろうか。無難にツイテンールを選んでいたので、すごくありがちなキャラだ。
ツインといっても、私ぢょんたいらん氏の描くようなのがいいんだよなあ、嘘ツインでなく。もしくはグドンの餌。
いきなり適合者とか言われて、やれやれですか、と肩の力を抜きながらついていく。
でも、じゃあお前ならどういう導入にするんだといわれても、きっと似たようなことしかかけない。同じネタでもダンバインの導入は神がかっていると思う。

とりあえず気になるのは
無難に主人公を女の子にしたのはいいが
主人公のリアクションが、典型的なエロゲ(男)の反応なんだよなあ
すごく萎える
サモンナイト2とはいわないが、あのくらいの男女差を感じさせてほしい

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ツンデレさん

誰か同居してくれるそうだが、この子ではないらしい
造詣的には好みなので残念
でも、記号だらけで個性を感じられないのでキャラ的には全然萌えない

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この子らしい

鍵穴があるといわれるけれども
心当たりのある形状は一箇所しかない

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ヘソだ。
この子が同居してくれるらしい(ツンデレさんでなく残念)
でも



ロボ子だ



これはロボ子の神とのテスタメントですか?

そしてツンデレさんによるチュートリアル
「はじめてなんだからやさしく挿れてあげてよね」
「ずぶっと挿入しちゃいなさいよ」


音量注意


(あえぎ声あり)
ここであざといとかエロスとか思いますか
私のリアクションは違った



中の人カワイソス


客商売大変っすね! わかります
ちょっとツンデレさんの中の人のファンになった。
誰かしらんけど。

その後も
「これからも繋がりまくってね」
「毎日やりまくりなんでしょ」



ツンデレさんのフラグたつのはいつですか



そんなツン状態のチュートリアルをうけつつ水鉄砲を打ちにいく。
他にすることがないからだ

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なぜスク水

ゲーム的には
女の子にいやらしい汁をかけ
服を脱がすというもの
ネタじゃないですよ
だってそう説明されるもの。

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負ければ自分も脱ぐ

ポーズ同じなのはだめなきがする。
ちゃんとこっちはパンティになる。
正しくパンティと発音しましょう。
パンツは普段はいているアウターのことです。

こんなゲームやる人……まあいるんだろうなぁとおもっていると
深夜が近くなるとロビーが人であふれる
結構ぼろい商売だなぁ

ais_20100311_123149.jpg
ツンデレさんにお願いされてしまったので

気が向いたらまたいくとしよう。

あ。そうそう。
ログインして多分大多数の人が困る点。
歩く/走るの切り替えはendキー。



挿入の手ほどきはいいからこっち教えてくださいマジで



まあそんなわけで
ie8のせいなのか
FC2のせいなのか
PCのせいなのか
とにかくクラッシュしまくるのでやめることにする
このままなし崩しに更新停止しそうだなあマジで。
でもブログ以外で落ちたことないから、原因はFC2にあるとおもう。ほんとだめだなここ。



友人によると
親会社はニコ動のほうだそうだ
なるほど厨房向けというのはよくわかった
静止画だといまいちよくわからないのだけれども
いたる絵の再現性が異常に高い




そんなとこに力いれられてもな




(動く絵がでてくるのでよく見ていただきたい。デッサンが整っているいたる絵というのもそれはそれで不気味だけど)
誰かに手直しを受けるようになったのかよくしらないが、デッサンのゆがみが少なくなってきた以降の絵だからできることなんだろうけども
人体がクラッシュしていた「同棲」のころのクオリティのほうが、私はなんとなく個性的で好きだった。
どうでもいいなそんなことは。
きぐるみ


きぐるみときぐるいってにてませんか


にてませんか そうですか。
ぬいぐるみときぐるみって、どこがちがうんだろう。
実は私、着ぐるみに入っていた時期がありまして
そのときは「ぬいぐるみ」ってよんでたんだよなあ。

ぬいぐるみってのは、ああみえて手入れが非常に大変で
とくに毛のはえてるやつは、すり切れるので置くのも大変だし
なによりガキ相手の商売なので、さわりまくられる
汚い手で触りまくられるので真っ黒になる
しかもあれ、虫干しはするけど洗濯しないので、下手な人が着たあとだと、ものすごく臭い
ぬいぐるみのクリーニングって、メチャクチャ高いんですよ
だから年一回すればいい方

私のように背の高い人間は、かがんではいらないといけなかったりするし(種類によりますが)
特に中の人が女の子の場合、絶対スカートは履いてはいけません
脱ぐときめくれまくるのもありますが、足元がブーツのみですっぽり被るタイプは(このタイプは真夏でも比較的楽)
ガキがしたからのぞき込むんです

そんなことを
頭の燃えているゾフィー兄さん見ていると思い出したりします
ウルトラマンの中の人は大変だよなあ。


どうでもいいがサドル高すぎなことは突っ込まないのか

タロウは心ある(笑)ウルトラマニアからは割とぼろかすにいわれてますが
私は好きですよ
こんな子供番組らしい特撮なんてもうつくれないだろう

WIKIの記述を見ていると
うそつきっ、と突っ込まれる部分も多々あるそうですが、私は別のことが気になる
それは私の子供時代の感覚と一致しないことだ

「メカゴジラの逆襲」は、ゴジラ映画で最低の興行成績だそうだ
そのことに嘘はないのだろうけれども、私の子供時代、この映画はたいていのガキが見ていた
ゴジラのカードなんかも、メカゴジラは常にキングギドラと1,2を争う人気だったし
その一方でモスラなんかがでると「なんだモスラかよ」とかいう扱いで、真っ先にめんこにつかわれてぼろぼろになっていく運命だった
なにより金色とか銀色という、あのぴかぴか感は子供にはたまらなかった
じゃあなんでガイガンはいまいち人気がなかったんだろうとおもわなくもないが(笑)



確かにチタノザウルスの人気のなさはモスラの幼虫と双璧でしたが



オタってのは基本的に文献主義、権威主義で
たとえば「生きた声」というのは、わりに無視されガチなところがある
数字上で時代を見ると、確かに「メカゴジラの逆襲」というのは、こけている。それはまちがいない。
だから当時の子供達がゴジラな飽きていたかというと、そんなことはないのだ
ただ、「ゴジラを劇場に見に行く」という習慣がなくなった、ということはいえるのかもしれない
子供にとってはそれが新作であるか、旧作であるか、なんてのはあまり関係ない
それはレンタルショップの店員時代感じたことだけれども
「こんなにばらばらに借りていって話わかるのか?」
というくらい、時系列にそった借り方をする子供はほとんどいない
もっとも、いまはちがうのかもしれないが
ようするに子供はゴジラが見たいのであって、新しい展開や、驚くようなストーリーが見たいわけではない、ということは言えるように思う。

その点私の時代は、家庭に完全にTVが普及し
制作費がかからず、放映してればあっさり視聴率のとれた「劇映画のTV放映」というのがブームに成った時代だ
しかも手近にはソフビあり、カードあり、消しゴムありで

別に劇場に足を運ばなくてもそこにはゴジラがいた

私は、商業主義でマルチメディア展開をしすぎた結果、選択肢の幅が大きくなりすぎて、肝心の大本が根腐れしていった時代なのではないか、と思っている。
その後レンタルブームがやってくるわけだけれども、そのことについては映画離れの切っ掛けとして、よく語られる。
しかしながら、「ゴジラに会うためには映画しかなかった」時代と違い、本屋に行けばくさるほど関連書籍があったし、駄菓子屋に行けばゴジラの消しゴムが売ってたし、そしてそれらを通じてゴジラの活躍は、もう脳内でなんとかまかなえる程度に、子供にとってはあたりまえの環境になっていたはずだ、「ゴジラらのいる生活」に。
そうなればべつに、新しいゴジラをわざわざ見に行く必要はないし、なにより子どもが見たがっても「TVでみればいいでしょ」と、子供の願望を絶ち切ってしまう。
仕方が無いので、子供はフィルムコミックなんかに手を出し、そのことがブームのように受け止められ、一種の勘違いが暴走する過程での映画離れ、という側面もあったのではなかろうか、そんなことを思ったりもする。
なんにせよ、一面的ではない。







とまあ、この後かいてみれば、書き終えたところでクラッシュ
最初に戻ってしまうと言う、もうなんだかやる気をなくさせるPCの状態なのでやめた。
やってられんなブログの更新とか。






そんなわけでかっこいいメカゴジラを貼ってお茶を濁す

言いたいこと書き終えたあと寸止めでやめちまうってのもすごく消化不良だ
でもまた落ちることかんがえるとやってらんない
長文辞めるかブログ辞めるか2択だなこりゃ
しかし子供目線で見ると、復讐がどうたらとか平田先生の意味がさっぱりわかりませんな(笑)
そんなことよりメカゴジラを出せとおもっていた記憶がある
銀色の肌に赤い炎の似合うことよ
ここはガイガンも負ける
(勝っているところを聞かれると返答に困るが)
また書きかけでやめてしまった
どうにも乗らない。
特に何があったということもないのだけれども、そういうものなんだろう。

実はここ数日、廃墟の写真ばかり見ている。
毎日延々とみているので、よけいに更新する気がおきないのだけれども
廃墟というのは、ゴシック趣味、猟奇性、覗き趣味といった、あらゆる種類の、背徳的な欲望を満たすことのできる分野だと思うのだけれども
そのせいか、わりに女性に人気があるようで、そうした写真集が何万部も売れるご時世らしい。
そのため関連サイトも次々と立ち上がり、閲覧者も多いようなのだけれども
ひとつ気づくのは、こうしたサイトの人達の多くが、元はビリーバーであり、今は否定派を自称している、ということに気付かされる。
そのことは、いい。
見えてくるのは、1本の糸だ。
つまり、たぐりよせていけば、ブームの仕掛け人につながる、ということだ。
私もそうだが、ようするに、受け売りなのだということに気付かされる。

気になるのは、ひとつの用語だ。
彼らの多くが、自分の属性を表すために、比較的頻繁に用いる言葉がある。
アンチ心霊、という言葉だ。
違和感、感じます?
私はすごく感じる。

アンチ、というのはそもそも、ニュアンスとしては「キライ」という言葉に近い。
アンチ巨人、アンチ阪神、みたいな使いかだ。
これは単純に「巨人がキライ」「阪神がキライ」というニュアンスで
「巨人は存在しない」「阪神は存在しない」という否定のニュアンスはない。もっと突っ込めば「野球は存在しない」というものでもない。
アンチクライストというのもある。
これは「反キリスト」と訳されることが多いが、映画なんかでは悪魔、もしくは悪魔を信仰する人々、というニュアンスで使用される。もともとは単に「イエスの教を信じない人」といった程度の意味で、ムーの文通欄に登場する転生戦士様の親玉みたいな、ヨハネとかいうおっさんが書いた、世迷い言の中に出てくる言葉だ。なんでこういうものが経典の中に組み込まれ、後世に伝わっているのかはしらないが、昔の人もファンタジー小説が好きだったということなのだろう。ヨハネ・スニーカー文庫とかから出ていたのかもしれない。
このアンチクライストも、対極の概念、敵対者という意味で、ひねくれた見方をすれば、敵対しているのだから、相手の存在を認めていることになる。否定のニュアンスは薄い。

このアンチ心霊という言葉は、最初に誰かが言い出して、なんとなく深く意味を考えないまま広がったもののように思うけれども、言いたいことは「否定派」ということなのだとおもう。ようするに「心霊なんて信じない」ということで、私はいた方が楽しいと思う方だから、その点どっちでもいいのだけれども、ようするに、言葉の裏には「心霊信じてるバカとは一線を画している俺たち」という、ある種の自己満足と、肯定派への蔑視が絡んだ言葉のように思う。ビリーバー、なんていう呼び方と同じものだろう。少なくとも相手に対して好意的なニュアンスは感じ取れない。

相手を侮辱するためには、最低限の理論武装は必要だ。スカイフィッシュが虫であったり、ネッシーが流木であったり、チャンプがカワウソだったり、サスカッチがワイルド星人だったり、まあそういうものを絵解きしてくれる検証サイトというのは、実のところ大好きなのだけれども、そういう人達が自分たちのことをアンチUMAだの、アンチ超常現象だのと自称していたら、どうだろう。
肯定派の人たちから見ると、鼻で笑っちゃうんじゃないだろうか。



相手を侮辱する言葉は、できるかぎり正確なニュアンスを伝える努力をしよう


これが私の願いです。
願うのかよ。

心霊否定派とか、懐疑派とかいうべきだよな。なんでもカタカナつかやいいってもんじゃないとおもうんだが、どうか。
心霊キライ、じゃ、暗に心霊現象を肯定していることになると思うのだが。




何を書いても乗らないので、日記らしく、昔話でも書こう。
幼少の頃、実は私、半分しか幼稚園にいっていない。
事情はよく知らないが、年長組になってから幼稚園にいっている。
なんとなく聞いちゃいけないようなことという気ががして、聞きそびれているうちに親爺が逝っちゃったので、まあ、自分の人生に謎のひとつくらいはあった方がいいか、と思っているのだけれども。
その頃はじーちゃんの家に住んでいて、まるで忍者屋敷のような家を駆け回ったり、プロの雀士のおいちゃんに鶴を折ってもらったり(表が雀荘で、相手がいないといつも殻になったタバコの箱の銀紙で、鶴を折ってくれた。ブレードランナーが衝撃的だったのは、このおっちゃんを思い出したせいもある(笑))、はたまた商店街で買ってきたUFOコマを無意味に投げていたという破壊的な幼少時代を過ごしていたのだけれども
通っていた幼稚園というのが、徒歩通園とバス通園の二組に分かれていて、そのどっちかを示すため、胸には毛糸で作ったリボンを付けていた。青がバス通園で、赤が徒歩だ。私は青だった。

近所だと思ってたが、今地図で見ると、子供の足ではかなり遠い。
そういうわけで、土地勘がなく、周囲の建物については予備知識が全くない。
HPをみると、当時の印象とはかなりかわっているが、私が通っていた頃は、ものすごい山の中にある感じだった。まあ、近くに動物園あるくらいだし。
そんなわけで、滑り台は土の露出した傾斜に作られており、幼稚園そのものがすっぽりと森に覆われていた印象がある。
このころいつも一緒に遊んでいた、のりちゃんという子が、よく園内の傾斜を登って、その上にある道へ出たがっていた。理由はよくわからない。活発な子だったから、冒険好きだったのだろう。
私もそういうのは好きなので、先生の目を盗んで挑戦したのだけれども、子供の頃なので、ちょっとした傾斜が途方もなくきつい。だいたい、登り切ることなくお昼寝の時間がやってきてしまう。

のりちゃんはピンク組だったので、近所の子だったはずだ。登りたがるのに、なにか理由があったのだろうが、その部分だけすっぽり記憶が抜け落ちている。そのことには多少の理由がある。
その頃のマイブームは、ライダーでもなく、ウルトラマンでもなく、イナズマンで、いつもイナズマンごっこをしていた。
高いところから飛び降りるだけで、なにが「イナズマン」なのか、なにが「ごっこ」なのか、今思うとさっぱりなのだが、とにかく毎日高いところから飛び降りた。
そのせいか、脚力もつき、高校になると全生徒でトップ5に入るほどの、無駄な脚力を手に入れる事になるのだけれども(笑)、そのためついに、登りきったのだ。崖を。
のりちゃんは残したままだ。
登り切ると、空が高い。
いや、空なんて見えない。
山の斜面から、園の方へ張り出した雑木が道の上を多い、昼間なのに真っ暗だった記憶がある。たぶん、一人で知らないところに出てしまった不安から、そんな印象があるだけなのだと思うが。
頭にものすごい圧迫感を覚えながら道に出ると、森がうわっ、と威圧するように黒く広がっている。今観にいけば、チンケな雑木林だろう。
林道のような砂利道を少しいったところに、薄暗さが一層濃くなったところがある。透かしてみると、家だった。
正面をストーン、と切り落としたような構えで、商店のような作りだった記憶がある。が、ショーケースなどの記憶がないから、民家なのだろう。
季節はたぶん夏で、緑が目に痛かったが、そこに至る道はなんとなく雑草が枯れていて、建物の周りだけが汚かった。
近寄ってみると、正面に大きな窓があり、窓というよりは、サッシなんだろう、あるいは裏手の方で、縁側だったのかもしれない。屋内が暗いために硝子が真っ黒で、しかも面積がやたらに大きいため、威圧感がものすごかった。
ビビリなわりにはそういうところにいってしまう性格なので、ふらふら近寄ったその時である。
きた道のほうがら、ものすごいおやじの声がしたのだ。
振り返ってみると、鎌を持った親爺が走ってくる。
正面を見ると、例の薄気味悪い家だ。
道はそこで終わっている。
パニックに陥った私は、追い詰められた猫よろしく、無茶なことをしたのだ。
きた道を戻らず、まっしぐらに園の方へとかけ出し、飛んだのだ。
いまならどってことのない高さだったのだろうが、子供の頃だ。よく大怪我しなかったものだと思うが、すりむいて膝がかなり出血していた。
痛さよりも何よりも、完璧にびびってしまい、のりちゃんがしきりとせんせい、せんせいと叫んでいたことしか記憶がない。

先生に怒られた記憶も、親に怒られた記憶もない。
その出来事は、そこでふっつりと記憶が途絶えている。
今思い出しても怖いのだが、たぶん真相は、幼稚園の上に住んでいたおっちゃんが、農作業だか藪漕ぎだかの帰り道、園児が一人こんなところにいるのをみて(ブレザーの制服だから異様に目立つのだ)「こんなとこでなにしてるんだ、あぶないぞ」と、親切心で声をかけてくれたのだろう。
タネをわればなんてことないのまだが、そのせいで、卒園後私はそのあたりに、いまだに足を踏み入れることができないでいる(笑)

その時に記憶に焼き付いた、森林に飲み込まれそうな黒い窓の家屋と、鎌を持った親爺、というのが、私のアドレナリン爆発のトリガーとなったわけだ。
そのため、トム・サビーニ初期の仕事として知られる「バーニング」は、植木鋏だが、あの逆光に振りかざす植木鋏のビジュアルイメージが、私をサビーにファンにした。世の中なにがきっかけになるのかわからない。
そして真っ黒な窓の家の方はというと、ゴシックな廃墟趣味につながり、鮮血の美少女というビジュアルに繋がり、ダリオ・アルジェントにつながり、そして、あれだ。
サミュエル・Z・アーコフ製作、監獄モノの傑作「暴力脱獄」をものにしたスチュアート・ローゼンバーグが放った、なんでこうなってしまったのかと誰もが首を捻った怪作「悪魔の棲む家」につながるのである。
音楽がラロ・シフリンというのもあり、雰囲気は満点なんだが、今みれば子供だましのドッキリばかりだ。ジェームズ・ブローリンがいい味を出しているので惜しまれるが、それでも好きな映画なのは、たぶんこの幼児体験のせいだろう。
実話を元にしたというこの映画、半分は本当、半分はフカシで、今は原作となったアミティビル・ホラーを信じる人はほとんどいないが、現場となったオーシャン・アベニュー112番地の様子は、現在WIKIでも見られる。私の記憶の中の映像が、この建物とすり変わっている可能性は、極めて高い(笑)

そういう理由で、たったひとり、無人の廃墟をさまよう夢を頻繁に見るようになる。フロイト的にいろいろおもしろいのだろうが、自分の精神をあれこれ詮索する趣味もないので「そういうものだ」程度なのだけれども。
その夢の中の光景をビジュアル化してみせてくれたのが「28日後…」だったわけで、なにより冒頭のシーンがお気に入りで、ぶっちゃけあとはなくてもよかったりする。
実は親戚が山を持っていたので、よく遊びにいき、伐採キャンプやなんかに変な愛着があるのだけれども、そのせいで「フォレスト・オブ・ザ・デッド」にも、作品の善し悪しは別として、変な思い入れがある。
なにがいいたいのかというと


よくも悪くも子供の頃の体験って大事だなと


小学校の頃、友人に登校拒否児童がいて、頭はものすごくいいのだが(友達がいなかったわけでもない)、ふっつりと学校に来なくなった。
で、クラスで迎えに行こうとなり、放課後みんなで押し寄せるのだが
あいたくないってことで門前払い。
女の子たちは近所迷惑も考えず、彼の名前を叫び、男の子たちは窓に石を投げる、屋根に登って窓を叩くと、次第に感情的になっていき、しまいには、異様な集団ヒステリー状態になっていた
それを、ついてきたのはいいが、なにか間違っている感があって冷ややかに見ていた私
そのことが、ホラー映画でパニックに陥る連中への嫌悪感につながっている。
よくよく考えると、たいていアンチ、ヘイトのタネというのは、このころに撒かれているもののようだ。

だから、親は子供と会話しなきゃいけないと思うよね。
それをさせない企業システムってのは、どうなんだ、としみじみおもう。


マイケル・ベイがリメイクしたらしいが、見ていない。

さぞトンチキな大怪作に仕上がったに違いないと思うのだけれども。
オリジナル版のブローリンの嫁さんは、マーゴット・キダー、「スーパーマン」のロイスだ。
他に当たり役がない。
以前スーパーマンネタで書いたときに、キダーの項目はWIKIになかったとおもうが、なんで増えたんだろうか。
そのことのほうが、アミティビル・ホラーよりも、よっぽどミステリアスだ。